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専門コラム「指揮官の決断」

第284回 

危機管理論が真価を問われるとき

カテゴリ:危機管理

世界が怖れている事態が生ずるかもしれない

当コラムではかねがねリスクマネジメントとクライシスマネジメントは別物であると主張してきました。

クライシスマネジメントは、今まさに世界が直面しようとしている事態を避けることを目的として議論が始まったものでした。

第2次世界大戦が終結した後、世界は平和な時代を迎えたのではなく、東西冷戦が始り、世界は第三次世界大戦とそこで使用されるであろう核兵器の脅威に怯えることになりました。

この事態をなんとかして避けようとして研究が始ったのが危機管理論であり、それはクライシスマネジメント(Crisis Manegemennt)の和訳でした。

ウクライナに侵攻したロシアのプーチン大統領は核兵器の使用をちらつかせています。

もしこれが使われるとすれば、最悪のシナリオどころではなく、それは世界の終末を到来させかねない悪夢のシナリオになるはずです。

危機管理論の最初のステージで議論されていた核抑止の理論は、東西がそれぞれ合理的な判断力を持っているということを前提として構築されていました。

その前提があって初めて相互確証破壊という理論が成立します。また、お互いが合理的な判断をすることを前提として、誤った発射などにより相互の核攻撃がエスカレートすることを防ぐためのホットラインなどが整備されました。

しかし、この度のウクライナ侵攻を指揮しているロシアの指導者には合理性を認めることが出来ません。何らかの狂気に支配されている気配が伺われます。

さて、当コラムは危機管理の専門コラムですので、この事態を前にして安全保障を専門としているわけではないというような言い訳をしている場合ではありません。

リスクマネジメントでは各分野の専門家が専門分野に関するリスクを評価して対応していきますが、クライシスマネジメントは予期しなかった事態に対応していくマネジメントですので、何の専門であるのかを問われることはありません。予測不能の事態への対応ですから、何の分野で急迫した事態が生ずるのか分かりませんので、専門性を問うことができないのです。

しかしながら、筆者が元自衛官であっても安全保障問題を専門としているわけではないことは事実であり、このロシアのウクライナ侵略の問題も軍事専門家や安全保障論の専門家の視点ではなく、危機管理論の視座から考えてまいります。

概 説

ロシアはウクライナ東部のドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国を国家承認し、両国から平和維持のための軍隊の派遣要請があったとして2月24日早朝からウクライナへの侵攻を開始しました。侵攻は東部から始まりましたが、時をおかず南部、北部からも攻撃が始まり、ロシアはその勢力範囲を拡大しつつあります。

しかしながら、ウクライナの抵抗も強力で、3月9日現在、首都キエフも第二の都市であるハリコフも持ちこたえているようです。

米国をはじめとするNATO諸国は直接の軍事介入は控えているものの、ポーランド経由で武器弾薬の供給を行って支えています。

世界はロシアに対する制裁として様々な手段を講じていますが、その中で与える影響が核兵器並みと言われるのがSWIFTからの除外でしょう。

ロシアはこの制裁は当然予期していたはずで、この制裁の効き目が現れる前にキエフを陥落させたいと考えているはずです。

ロシア軍の拙劣さ

詳細は連日テレビで放映されていますのでそちらでお確かめください。ただし、地上波テレビのニュースやワイドショーで放映される映像は編集者の軍事に関する知識がほとんどないためか、一見センセーショナルに見える映像のみが放送されますが、CNNやBBCの番組を観ていると、それなりに現状を理解できる映像が織り込まれています。

例えば、CNNの番組では、ロシア軍の戦死者が遺棄されているシーンが一瞬映し出されたことがありますが、この一瞬のシーンはいろいろなことを教えてくれます。

まともな軍隊が進撃を続けていたら、戦死者の遺体がそのままになっているはずはありません。敗走する時ですら戦死者の遺体は連れて戻ります。置き去りにして晒し物にされたりしたら、全軍の士気に関わるからです。

つまり、それすら考慮する余地がないほどの敗北を喫して撤退したと見ることが出来るのです。逆に考えると、ウクライナ軍が善戦しているということかもしれません。

報道で見る限り、ウクライナ侵攻を担当したロシア軍指揮官は有能ではないようです。

おざなりなミサイルによる航空攻撃を行った後に、いきなり陸上戦闘部隊が投入されています。近代戦の常識として、開戦前に徹底した電子戦を行って指揮系統を攪乱しておき、航空戦力を投入して航空優勢を獲得し、その後徹底した空爆を行った後に圧倒的な地上戦力を投入していくのが普通ですが、この度はその常套手段を取っていません。

投入された地上戦力も逐次投入のそしりを免れぬ規模であり、速やかにキエフを奪取して傀儡政権を樹立しようという意気込みが感じられません。

CNNを観ていると、キエフへ突入しようとする戦車を中心とする機甲部隊が幹線道路上を列をなして移動しているシーンが映し出されます。

筆者に言わせれば、これが指揮官が素人である証左です。

縦列の密集体系で進入していく結果、前の車両が対戦車ロケットなどで攻撃されて頓挫すると、後ろを付いてきている戦車などが立ち往生し、そこをさらに狙い撃ちされて破壊され、乗員が放棄して逃げています。キャタピラの付いた車両が、敵地に踏み込むときに幹線道路を密集の縦隊で進撃してくるということは常識的にはあり得ません。

戦車は面で戦うのが原則で縦の線で戦う兵器ではありません。

これはロシア陸軍のドクトリンが未熟なのか、ウクライナ軍の士気を読み誤って舐めてかかっていたかのどちらかです。

ロシアが攻めあぐんでいる理由

現在、ロシア地上軍の進撃のペースが落ちているようです。

ウクライナ国内から送られてくる映像を見ているとあることに気付きます。

道路が川のようになっているところを歩いている人の映像があったりします。

道路もかなりぬかるんでいるようです。

侵攻が始まった頃の映像ではウクライナの雪景色が映されていたところも多く見受けられましたが、この2~3日ではそのような映像がかなり少なくなりました。

筆者は現地に行ったことがないので、あくまでも推測ですが、ひょっとすると現地は3月になって雪融けの季節を迎えているのではないでしょうか。

2月の厳しい寒さでは道は凍っていたはずです。車両の通行はできたでしょう。

雪が融けてぬかるんだ道では当然のことながら進撃の速度は落ちていきます。戦車はまだ走れますが、車輪を使う車両は走りにくくなりますし、徒歩の歩兵の進軍速度はガタ落ちになるはずです。

車両の運行がスムーズでなくなると燃料、食料、弾薬の補給に支障が出てきます。

ロシアの進撃速度が鈍くなっているのはそのためかもしれません。

当初、ロシアはキエフを1週間程度で陥落させられると考えていたかもしれません。しかし思わぬ抵抗を受けて進撃速度が鈍り、その結果道がぬかるんで補給の円滑さを欠いてしまったとすれば、ロシアの焦りが見て取れます。

さらに拙劣な日本の外交

ロシア陸軍もお粗末ですが、それよりもお粗末なのは日本の外交です。

2月15日、林外相はテレビ会議によりロシア経済発展省大臣と日ロ経済協力について協議をしています。先進7か国の結束を乱すものとしか思われません。その結果、バイデン米大統領がロシアをSWIFTから除外する旨の発表を行った際、参加国に日本の名前がありませんでした。つまり、この経済制裁発動に関し、岸田首相はバイデン大統領から何ら声もかけられなかったということです。それが現在の日米関係の現状です。

日米関係は民主党政権下において最低となりましたが、現在の日本は米国にとっては存在しないかのごとき扱いです。つまり、尖閣有事の際に、米軍の来援は期待できなくなったかもしれないのです。

岸田首相は総裁選において「危機管理の要諦は最悪の事態を想定し、それに備えること。」という危機管理を理解していない認識を示していましたが、このところは「事態を注視し、適切に対応していく。」程度のコメントしか出さなくなりました。つまり、情勢を見て検討するということであり、最悪の事態を想定することは止めてしまったようです。何事もその場その場で判断していくのではなく、状況を注視して検討していくということなので、よく話をするある若手の官僚は「検討使岸田」と呼んでいました。

彼は若手ではありますが優れた官僚なので、総理や大臣が「検討する。」と言った場合は「やらない。」というサインとして受け取る習性を持っています。

皆様も現首相が「状況を注視して検討し、適切に対応する。」と言ったら「やらない」ということだと理解してください。

危機管理論が真価を問われるとき

危機管理上の最大の課題は、そもそもが戦争を抑止することであったのですが、それに失敗した現在、残された大きな課題は核戦争に拡大することをいかに防ぐかということでしょう。

現在、世界は様々な制裁措置をロシアに対して取っていますが、この観点から考えると、プーチン大統領を徹底的に追い詰めていくことは得策ではありません。

どう考えても彼は合理的な判断を行う能力を喪失していますので、追い込んでしまうと何をするか分からないのです。ネズミは追いつめられるとネコに噛みつくと昔の人は言っています。

しかし、プーチンはルビコンを渡ってしまっていますので、引き返すことが出来ません。彼に名誉ある撤退の道は残されていないようです。

実は米国はプーチンが戦術核を使うことを望んでいるかもしれません。

戦術核であれば米国人の生命財産が脅かされることがありませんし、ロシアが核兵器を使った瞬間、米国はそれまで人類に対して唯一核兵器を使用した国という汚名を返上することが出来るからです。

しかし、何があってもロシアに核兵器を使わせてはなりません。

国連安全保障理事会常任理事国が核兵器を使用したとすれば、以後国連が機能することは出来なくなりますし、核兵器使用の敷居が一挙に低くなってしまいます。

そうなると中国の台湾侵攻に際しては、最初から核兵器が使用される恐れがあります。

プーチンに核使用をいかに思いとどまらせるか。

危機管理論はそもそもがこのような事態において、世界が終末的な核戦争を始めるという事態に陥らないようにするためには如何にすべきかという問題意識から研究が始ったものです。

今、危機管理論がその真価を問われる事態が進行しつつあります。