専門コラム「指揮官の決断」
第285回検討使500歩後退
首相の認識の間違い
当コラムは危機管理の専門コラムですから、政治や軍事の各論ではなく、広く危機管理論全体について語っていきたいと思っています。なぜなら、この国では危機管理が正しく理解されておらず、リスクマネジメントを危機管理だと誤解している方が多数いるからです。
このことについては当コラムで何度となく指摘してきました。
リスクマネジメントは専門家の仕事です。対象とする範囲が広く、それぞれに専門的な知識経験が無ければならないマネジメントです。
一方の危機管理(クライシスマネジメント)はトップの仕事です。
想定外の事態が生じても踏みとどまり、反撃の機会を見出して事業を躍進していくためには、それなりの覚悟とリーダーシップが必要です。
リスクマネジメントは広範囲でそれぞれの専門家に任せてもいいのでしょうが、クライシスマネジメントはトップの専権事項であり、誰に委任してもなりません。
その違いを理解していないトップには危機管理はできません。
当コラムが岸田首相のトップとしての資質に疑問を投げかけたのは昨年の9月末でした。
総裁選を通じて、「危機管理の要諦は、最悪の事態を想定して備えること。」と主張する岸田候補を見て、「この男は危機管理というものを理解していない。」と考えたからです。
(専門コラム「指揮官の決断」第261回 「危機管理の要諦は最悪の事態に備えること」?https://aegis-cms.co.jp/2510 )
当コラムではすでに何度も指摘していますが、あらかじめ想定して備えるのは危機管理ではありません。
あらかじめ起こりうる危険性を評価して備えるのは、文字通り「危険性」をテーマとするリスクマネジメントです。
危機管理は想定できなかった事態が生じた場合にどうやってその被害を局限して最悪の事態に陥ることを防ぎ、さらには速やかな復旧を図るとともに、危機を機会に変えて躍進の糧にしていくことをテーマとするマネジメントです。
つまり岸田候補が述べていた「最悪の事態を想定して備える」のは危機管理ではありません。
最悪の事態を想定して備えるのであれば、想定を超えた事態が生じた場合にはなすすべがないないはずです。この人がトップの座にいる以上、想定外の事態に直面すると何もできないはずです。
つまり、東日本大震災の時の民主党政権が口を開けば「想定外の事態」と繰り返したような悪夢が再現されることになります。
それでも彼が本当に最悪の事態を想定して備えるという覚悟があるのならまだいいかもしれません。
しかし、最近の首相の言動を見ていると、そうではないようです。
検討使登場
3月10日、岸田首相は豊洲市場を視察した後、記者団に対し、ウクライナ情勢による燃料費や原材料費への影響などをきめ細かく把握したうえで、さらなる対策も検討する考えを示しました。
以下は岸田首相の発言です。
「特に、ウクライナ情勢については状況が不透明で長期化するおそれがあることを考えると、実情の把握が重要だ。原材料費の価格高騰について、進めている激変緩和措置などの対策の効果を見極めながら考えるが、追加の対策について、引き続き準備をすることが重要だと感じた。緊張感を持って、政府として対応を準備していかなければいけない」
彼の発言をまとめると、
・ウクライナ情勢については実情の把握が重要
・原材料費の価格高騰については、対策の効果を見極めながら考える。
・追加の対策の準備をすることが重要と感じた。
・緊張感をもって、政府として対応を準備する。
具体的な対策の実施については何一つ言及していないことにお気づきになられたことと思います。
ウクライナ情勢について実情をしっかり把握していくとも述べています。把握が重要という認識を示しただけです。原材料費の高騰への対応については、具体的に何かを行うのではなく、考えるだけだそうで、追加の対策をするのでもなく、その準備をするでもなく、準備をすることが重要だと感じたという認識を示したにすぎません。極めつけは、緊張感をもって対応を準備していくという間抜けさ加減です。この事態において、速やかに対応するのではなく「対応を準備する」というのです。
よく一緒に仕事をする若手の官僚がいますが、彼は「検討使岸田」と呼んでいます。検討ばかりで何の決断もしないということなのだそうです。
100歩後退
彼が結局何もしない指導者であることを露呈したのは昨年12月18日の記者との応答でした。
首相はオミクロン株への当面の対応について「少なくとも年末年始までの状況をしっかり見極めた上で、その先について考えるべきだ」と述べたのです。
当コラムではそれについて、「100歩後退」として批判しています。
(専門コラム「指揮官の決断」第273回 100歩後退 https://aegis-cms.co.jp/2576 )
つまり、彼は最悪の事態を想定することすらせず、状況を見てから考えると述べたのです。
その結果起きたのが、第6波における検査キットの全国的な不足です。冬になれば風邪が流行ることは常識なのに、何の対策もしなかった結果です。
検査キットすら不足してまともに検査してもらえないというのは発展途上国の話かと思われても仕方ないでしょう。
300歩後退
豊洲視察の翌日の11日、韓国の次期大統領との電話会談を終えた首相は、その会談の模様と北朝鮮のICBM発射について記者団に問われました。
首相は北朝鮮のICMBについて「強く非難する。」と述べた後、次のように続けました。
「今後の対応については、外交面や制裁の観点も含め、米国・韓国とも連携しつつ検討していきたいと考えています。 こうした状況を踏まえ、引き続き高度の警戒態勢を維持するとともに、わが国の防衛力を抜本的に強化していかなければならないと思います。その際、国民の命や暮らしを守るために十分な備えが出来ているのか、こういった観点からあらゆる選択肢を排除せず、現実的に検討していくことが重要であると、改めて感じています。」
これを再度要約します。
・今後の対応については米・韓と連携しつつ検討していきたい。
・我が国の防衛についても抜本的に強化していかなければならないが、現実的に検討していくことが重要であると感じている。
「今後の対応については米・韓と連携しつつ検討していきたい。」という点で、検討使首相は総裁選で述べたことから300歩後退しています。
総裁選では「最悪の事態を想定して備える。」と述べていましたが、それがだんだん「検討する。」に変わっていき、この度は「検討していきたい。」となってしまいました。
「検討する」という言葉には決意が込められていますが、「検討したい」と言う言葉には願望しか込められていません。
500歩後退
さらに次のポイントで検討使はついに500歩後退してしまいました。
「検討する」でも「検討したい」でもなく、「検討していくことが重要であると感じる。」になってしまったのです。
キドウテキに・・・?
最近の岸田首相の記者会見では「キドウテキに」という言葉がよく使われています。記者会見の原稿を書くのは役人ですから、首相が「検討使」と陰口を叩かれていることくらいは知っているのでしょう。だから原稿から検討の文字を消して、代わりに「キドウテキ」に行動するという文言を乱発しているのです。
ただ、岸田首相の言う「キドウテキ」という言葉の意味がよく分かりません。
「機動的」ということであれば、「機敏に動く」ことが必要であり、検討などしている余裕はないはずです。なにもせず、いかにもやった風に装っている現政権に適当な言葉は「詭道」でしょう。
孫武はその著書「孫子」の第一章で「兵は詭道なり」と述べています。戦いは騙し合いだということです。
いかにも何かをやっている風を装って国民を騙し続ける岸田首相の「キドウ」は「詭道」と綴るのが適当かと思料いたします。
祈り
よりによって、この稀に見る危機の事態にあって、米国の指導者がバイデン大統領です。
彼は昨年末から、ロシアがウクライナに侵攻しても米国は兵力を投入するつもりはないと述べています。米国民に向かっても「米国の兵士が戦場に送られることはない。」とアピールしています。
この発言のバカさ加減に気付かない大統領自身とその側近には呆れます。
これではプーチンに「俺は手を出さないから、どうぞ。」と言っているようなものです。
プーチンが最終的にウクライナ侵攻を決断したのは、このバイデンのコミットメントがあったからかもしれません。
検討使が政権の座にあるうちに中国が台湾や尖閣を巡って行動を起こさないことを祈るばかりです。
尖閣諸島が中国に奪われた後に「中国の力による現状変更の試みを非難し、米国と緊密に連携し、この国際法違反の事態への対応について、あらゆる選択肢を排除せず、緊張感をもって対応を検討していきたい。」と官邸でのぶら下がりで記者に応えている首相の姿が目に浮かびます。
こんな男に政権を担当させてはなりません。
ウクライナの大統領が毅然しているように見えてしまうのは仕方ないかもしれません。