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専門コラム「指揮官の決断」

第298回 

リスクについての誤解

カテゴリ:危機管理

リスクマネジメントのコンサルタントと紹介されてもねぇ・・・

筆者がよく困るのは、例えばセミナーなどに登壇する際、司会の方から「リスクマネジメントのコンサルタントの林先生をご紹介します。」などと言われることです。筆者自身の好みから申し上げると「先生」と呼ばれるのが大嫌いなのですが、それはともかくとして、セミナー講師として呼んでおきながら、その講師の専門を理解していないというのが失礼極まりないと思います。しかも、このことは別に珍しくなく、何度も経験しています。あらかじめ「私は危機管理のコンサルタントであり、リスクマネジメントの専門家ではありません。」とお伝えしていてもこの間違いは生じます。

それほど世間では危機管理とリスクマネジメントの違いが理解されていないのです。

メディアの不勉強が原因

この混乱が生じた原因がメディアの不勉強であることはすでに述べています。(専門コラム「指揮官の決断」第33回 「リスクマネジメント」VS「クライシスマネジメント」https://aegis-cms.co.jp/590 )

阪神淡路大震災後、国や自治体などの行政が危機管理の必要性を認識して様々な施策を講じ始めたのと時を同じくして、損害保険会社や銀行などが金融論の観点からリスクマネジメントを推進し始めたのですが、その状況を見ていたメディアがリスクマネジメントと危機管理の本質的な違いを理解せずにそれらの用語を乱発した結果、世間で混乱が生じたのです。

先駆者も勘違い

メディアだけの責任でもありません。勘違いしている学者もいます。

リスクマネジメントを学問的に研究を始めた先駆者は関西大学の故亀井利明教授でした。しかし、残念ながらこの先駆者も時が経つにつれてリスクマネジメントの概念を誤解していき、最後には次のように述べるに至りました。

「それゆえ、リスクマネジメントと危機管理はどう違うのかということが往々にして問題となる。しかし、どちらも危険克服の科学や政策で、そのルーツを異にするに過ぎない。強いて区別するならば、リスクマネジメントはリスク一般を対象とするのに対し、危機管理はリスク中の異常性の強い巨大災害、持続性の強い偶発事故、政治的・経済的あるいは社会的な難局などを対象とする。

 それゆえ、危機管理とは家計、企業あるいは行政(国家)が難局に直面した場合の決断、指揮、命令、実行の総体をいうが、とくにリスクマネジメントと異なるところはなく、その中の一部を校正しているにすぎない。」

この学者は「危険」と「危機」の概念の違いを理解していません。

さらにはリスクマネジメントそのものについてもしっかりと理解していなかったことが分かります。

 「リスクマネジメントという言葉が一般に知られるようになると、その内容の十分な展開なしに、言葉だけが一人歩きをし、リスクマネジメントが企業の発展ないし成長のための何か有難い特別のマネジメントやノウ・ハウのように思ってしまう人がいる。これはとんでもない誤解である。リスクマネジメントは決して企業成長や収益増大を志向した攻撃のマネジメントではなく、企業保全や現状維持のための企業防衛のマネジメントである。それは決して積極的に収益や利益の増大には機能しない。しかし、収益にチャージされる費用(とくに危険処理費用)の節約を通じて間接的に利益増大に機能する面は有している。」(『危機管理とリスクマネジメント』同文館出版 P8)

リスクマネジメントをしっかりとやっていると、競業他社に先んじてチャンスを得られるという意味で、積極的なマネジメントであるはずなのですが、この学者にはそれが理解できないようです。

競業他社が恐ろしくて入っていけないマーケットに入っていけるのです。これが積極的なマネジメントでなくて、何が積極的なのでしょうか。

今の学会の人々はしっかりと理解

しかし多くのリスクマネジメントの後継者たちは、しっかりとリスクマネジメントがいかなるマネジメントなのかを理解されているようです。

日本リスクマネジメント学会のウェブサイトを見ると、「危険」という文字は多数出てきますが、「危機」という文字はほとんど出てきません。彼らは明らかに「危険」を対象としており、リスクマネジメントの本来の研究を続けているようです。

リスクマネジメントのコンサルタントたちは・・・

この学会で研究を続けている方々はしっかりと理解されているのですが、リスクマネジメントのコンサルタントたちが理解していないのが困りものなのです。

そもそも、多くのリスクマネジメントのコンサルタントは「リスク」の意味を理解していません。

彼らは「リスクが大きい」とか「リスクがない」という言い方をよくしますが、「大きい」とか「小さい」とか言うのであれば、比較することが出来なければなりません。

リスクの大きさに言及するのであれば、それが比較できなければならないはずです。

大きさを比較するのですから、それぞれの大きさが計算されなければなりません。

つまり、リスクは確率として計算する必要があるのです。米国の経済学者フランク・ナイトは、リスクはとは確率計算がしっかりとなされている可能性である、と述べていますが、これは正にそのことを指しています。

確率が計算できないものは「リスク」ではなく、「不確実性」と呼ばれます。

このことを理解しているリスクマネジメントのコンサルタントにお目にかかったことがありません。

皆様も試しに、リスクマネジメントのコンサルタントがリスクが大きいとか小さいとか言い出したら、それぞれの確率はどれだけなのかを質問してご覧になるといいかもしれません。

まず、その問いに真っすぐ答えることのできるコンサルタントに会ったことがありません。筆者はよく「計算できないものを大きいとか小さいとか評価する根拠は何か?」と訊くのですが、まともな回答を得たことがありません。

彼らは「リスク」と「不確実性」の違いも理解していないのです。