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専門コラム「指揮官の決断」

第299回 

危機管理の悲劇性

カテゴリ:危機管理

リスクマネジメントと危機管理の概念の混同

これまで数回にわたり、そもそも危機管理とは何をするマネジメントなのかという議論を展開してきました。そして、リスクマネジメントと危機管理の違いについても度々言及してきました。

筆者は海上自衛隊に在職中に、様々な機会を生かして、諸外国でリスクマネジメントとクライシスマネジメントがどのように理解されているかを確認してきました。そして、リスクマネジメントを危機管理だと誤解しているのは、筆者の知る限りにおいては日本だけであることも突き止めてきました。

この混乱の原因がメディアの不勉強にあることにも当コラムでは何度も言及してきています。

阪神淡路大震災の後、政府や自治体が危機管理の重要性に気付き、様々な施策を取り始めたのと時を同じくして、銀行や損保などが金融論の観点からリスクマネジメントの必要性を訴え、新たな金融商品を作り始めたのですが、メディアはそれらの違いを理解せず、危機管理という言葉とリスクマネジメントという言葉を混在させて使ったことが概念の混乱の原因です。

そもそも危機管理とは理解しにくい概念

さらに問題なのは、リスクマネジメントと異なり危機管理(クライシスマネジメント)は元々理解しにくいマネジメントであることです。

なぜなら、リスクマネジメントがあらかじめリスクを評価し、そのリスクを取るかどうかを判断し、リスクを取るとなった場合に、そのリスクが顕在化した場合の対応を準備するマネジメントであるのに対し、クライシスマネジメントは想定できなかった事態への対応を課題とするからです。

想定できない事態への対応ですから、教科書を作ることが出来ません。事態ごとに対応はまったく異なるはずであるのに、どう異なるのかすら不明だからです。

リスクマネジメント関連の書物がたくさんあるのに、危機管理の参考書が極めて少ないのはこれが原因です。世に出ている「危機管理」と名の付く書物の多くは、実はリスクマネジメントを危機管理だと思い込んでいる著者が書いたものです。

理由はそれだけではない

危機管理が理解しにくいもう一つの理由があります。

危機管理を組織を挙げて徹底的に行っていくと、危機に襲われた際にしっかりと耐えていくことが出来るようになりますが、しかし、もっと重要なことは危機に陥りにくい体質が醸成されるということです。

所謂、脇が固い体質が醸成され、安易に危機に陥りにくい体質となっていくということです。

これが危機管理が分かりにくいもう一つの理由です。

しっかりと危機管理が行われている組織は、そもそも危機に陥りにくいので、騒ぎが何も起こらないのです。

リスクマネジメントはそうではありません。

想定した事態が生じた場合にはリスクマネジメントのコンサルタントたちが主役を務めることになります。

あらかじめ策定しておいたBCPの出番です。

そのBCPが生起した事態を的確に想定したものであれば、その組織は見事に対応ができるはずであり、リスクマネジメントのコンサルタントたちは大きな評価を受けることが出来ます。

東日本大震災のような事態が生起した場合には、時の政権が散々言い逃れをしたように、「想定外の出来事でした。」と言えば、問責から逃れることが出来ます。

危機管理のコンサルタントは・・・

危機管理のコンサルタントにとって、「貴方の実績を教えてください。」というのはタフな質問です。

危機に陥らなくなっているので、何も起きないのです。

鍵を変えたら空き巣に入られることがなかった住宅は何軒あるのか、 という質問と同じです。

そんな時、危機管理のコンサルタントは黙って微笑むしかないのです。