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専門コラム「指揮官の決断」

第300回 

専門家たちの誤解

カテゴリ:危機管理

危機管理の専門家たちの誤解

これまで、危機管理とはいったい何をするマネジメントなのかという議論を通じて、その概念に関する誤解が極めて深刻であることを説明してきました。

世間一般にリスクマネジメントとクライシスマネジメントの違いが理解されておらず、リスクマネジメントを危機管理だと思い込んでいる方が多いのです。

これは新聞やテレビなどのメディアが不勉強で、それらの用語を区別なく用いた結果混乱が生じたものであることも説明してきましたし、リスクマネジメントの大御所である研究者すらその違いを理解していなかったことにも言及してきました。

世の中の多くの人々が誤解するのは無理もないですね。

防災や防犯は危機管理か?

この2年間、コロナ禍のため開催されてきませんでしたが、3年前までは全国で「危機管理展」などのタイトルで催し物が開かれることがよくありました。

筆者も、それらの催し物の中で開かれるセミナーに講師として呼ばれて登壇したことがあります。

筆者には考えるところがあって、「図上演習」に関するセミナーだけをお受けしていました。

図上演習という手法が、危機管理上の事態に対処する経営者やスタッフたちを育てるためにいかに有効なものであるかを啓蒙するため、図上演習に関するセミナーのご依頼を受けた場合は断らないことにしているからです。

依頼された会場に早めに到着し、他の会場ではどのようなセミナーが行われているのかを覗くこともあります。

驚くのは、防災や防犯のセミナーが行われていることが多いことです。

それらの講師が防災や防犯の現場にいた経験を持つ元消防官だったり警察官だったりすることも少なからずあります。

彼らは自分を危機管理の専門家だと思っているようです。

まぁ、「専門家」という言葉にまともな定義がないので仕方ないのですが、少なくとも防災や防犯は危機管理の範疇ではありません。

防災の専門家の語る防災対策は、災害の種類ごとにどのような被害が起こる恐れがあるのかについての解説に続いて、それらに対してどのような備えをすべきなのかという話がメインになっています。

防犯についても同様です。どのような犯罪がどのように行われ、どのような被害をもたらすかが説明され、それらを防ぐための適切な防犯対策について解説が行われていきます。

これらが危機管理ではないことは明白でしょう。

何が起こるのかが説明され、その被害をいかに避けるのかが示されるのです。これはリスクマネジメントに他なりません。

何が起きるのかが予測され、それが評価されるのはリスクマネジメントです。クライシスマネジメントは想定外の事態に対応するためのマネジメントです。

阪神淡路大震災や東日本大震災が危機管理上の事態であったと言われるのは、それらが単に地震や火災の問題だけではなかったからです。

つまり、世の中で危機管理の専門家として紹介され、テレビなどのメディアで解説を行っている人々が実は危機管理を理解していないことがあるということなのです。

感染症専門家たち

これと同様のことが、この2年間、コロナ禍を巡って起きてきました。

致死率もまともに計算できず、グラフの見方も知らない人たちが、感染症の専門家として堂々とテレビに出演し、社会の不安を煽るだけ煽り続けたのです。

ウクライナ情勢の専門家たち

ウクライナ情勢についても同様の指摘が可能です。

国際政治や国際関係論の専門家にロシアの軍事作戦の意図や今後の展開を尋ねるというようなことをテレビは平気でします。

まともな回答が得られるはずがないことにテレビは気付いていないのです。

専門家というものは・・・

テレビに出てくる専門家というのは、その程度の専門家も多いことを私たちは知っておく必要があります。

これは必ずしもそれら専門家たちの責任ではありません。

例えば、呼吸器科の医師は目の前の患者の治療をすることの専門家です。その医師に感染症のまん延に対する国の取り組み方などを訊くことが間違いなのです。呼吸器科の医師の多くは統計学を知りません。(医師の国家試験に統計学はありませんし、医学部の必修科目でもないそうです。)また、緊急事態宣言などによりどれほどのダメージが経済に与えられるのかを理解する医師もそう多くはないでしょう。尋ねる相手を誤ってはならないのです。

ただし、テレビに出てくる感染症の専門家が致死率の計算方法を誤っているのは言語道断です。

また、国際関係論の研究者にロシア軍の戦術について尋ねるのも酷な話です。

よほど個人的に関心がない限り、個別の兵器の性能やそれぞれの軍のドクトリンなどを国際関係論の専門家たちが熟知しているとは思えません。しかしテレビに出演して、尋ねられてしまったら、「分かりません」とはなかなか言えないでしょう。

繰り返しますが、「専門家」には定義も資格要件もありません。専門家の発言というのを鵜呑みにすることはとても危険です。