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専門コラム「指揮官の決断」

第303回 

サイコロの目の出方

カテゴリ:危機管理

感染症専門家への疑惑

前々回のコラムで、感染症の専門家たちが新型コロナウイルス感染症における致死率さえまともに計算できていないと指摘しました。

これは、常々主張してきたことなのですが、筆者のコラムをよく読んでくださっている先輩方から、それはどういうことのなのかというご質問を時々頂いていたため、なぜ筆者がそのような主張を行うのかを説明したものです。

感染症の専門家にとって必要な知識は、医学やウイルス学は当然だと思料いたしますが、どう考えても統計学に関する教養が必要ないとは考えることが出来ません。

ところが、昨年のことですが、テレビでも時々顔をみることのある感染症の専門家と話をする機会があり、愕然とさせられる出来事に出会いました。

ちょうどオリンピックが開催されている時で、緊急事態宣言が出されていたのですが、筆者達はすでにピークアウトしたと判断していた頃でした。紹介してくれた若手の官僚から、筆者がすでにピークアウトしていると判断していると聞いていたものと見え、初対面の挨拶もそこそこに、「すでにピークアウトしているとお考えの理由は何ですか?」と訊いてきました。

筆者が、その根拠としているグラフを見せると、「これは何のグラフですか?」と訊いてきます。

筆者はPCR検査の陽性判定者数の1週間の移動平均の増加率をとったグラフであると説明し、これを見ると明らかにピークアウトしていると申し添えました。

ところが彼は「でも、連日感染者は増えていますよね。」と言うのです。

増加率の変化を取っているのですから、増加率がマイナスに転じない限り実数は増え続けます。しかし、増加率の増え方が反転したということは、もう実数の増え方も勢いを失っており、ピークアウトしたと判断しておかしくはありません。

つまり、先が見えたということです。

しかし、その感染症専門家はその意味が理解できないらしく、あくまでも実数の増加が続いていることを根拠に、未だピークアウトはしていないと主張するのです。

その時点でこの専門家が統計学を理解していないことを知りました。

サイコロの話が通じないとは・・・

その後、食事を一緒に取りながらいろいろな話をしたのですが、その中でも彼が統計や確率を全く理解していないことが明らかになりました。

ラスベガスでルーレットなどの経験があるということでしたので、確率論の話になっていったのですが、たまたま同席した若手の官僚がサイコロを持っていたため、筆者は彼にそこでサイコロを振って特定の目が出る確率はどれくらいかを尋ねたところ、当然のように6分の1と答えてきました。

そこで、「それでは6回振ったらすべての目が出るんだね。」と尋ねると、彼は答えに窮してしまいました。そして隣の感染症専門家に振り向き「何か変ですね?」と助けを求めました。ところが、その専門家もどう対応していいのか分からずに戸惑っているようでした。

これは確率論では初歩の初歩の問題であり、少しでもその分野を齧ったことのある人なら理解しているはずの問題です。

大数の法則って聞いたことないかなぁ?

実は高校でもちょっとだけ教えられているはずなのですが、大学で入門的講義を選択した方なら、「「独立同分布に従う可積分な確率変数列の標本平均は平均に収束する」と教えられたはずです。いわゆる大数の法則です。

サイコロには6つの目がありますから、各目が出る確率(正しくは公理的確率)を6分の1とします。サイコロを振る回数を限りなく増やしていったときの、その事象の頻度(発生回数の相対度数)の極限値(統計的確率あるいは経験的確率)はほとんど確実に公理的確率 に等しくなるというものです。

つまり、目が6つだからと言って6回振ると全部の目が1回ずつ現れるわけではなく、恐ろしくたくさん振り続けると、それぞれの目が出る確率が大体6分の1に収束してくるということです。

筆者は面倒くさいので計算したことはありませんが、サイコロの場合はおよそ2000回くらい振ると、それぞれの目が6分の1の確率で現れてくるようです。

この計算の式を示してもいいのですが、独立同分布に従う可積分な確率変数の無限列がどうのこうのという話をしなければならなくなるので、統計学を専門としない当コラムでは取り上げません。興味のある方は「大数の強法則」などで検索されると面白い記事がたくさん出てくるかと思います。

件の専門家は「大数の法則」という言葉自体を知らないと見えます。つまり、彼は統計学などを学んだ経験がないのかもしれません。

その程度の専門家がテレビで感染症の解説をするのですから、私たちが惑わされるのも無理からぬことではあります。

筆者は経済学部出身のいわゆる「私立文系」ですが、経済学部を出たという人が「くもの巣」理論を知らなかったり、貨幣の流通速度「k」の意味が理解できなかったりしたら、学歴詐称を疑います。

感染症の専門家が「大数の法則」すら知らずに、何を学んだのか、不思議で仕方ありません。