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専門コラム「指揮官の決断」

第307回 

検査陽性ということ

カテゴリ:

全国民にPCR検査を行うことの愚かさ

当コラムは危機管理の専門コラムですから、この2年半に渡って巷を賑わせた感染症に関しては専門分野外として細部への立ち入りを控えてきました。ただ、この感染症の専門家たちの数字の扱い方があまりにも杜撰であるため、その専門的素養に関する疑義を呈してきたところです。

始末が悪いのは、それに輪をかけて数字を読むことのできないメディアの煽りによって、社会全体の認識が誤ってしまったことで、その代表例がPCR検査です。

2年前、まだこの国の検査体制が不十分だった頃、メディアは一刻も早く検査体制を充実させよと騒ぎました。

このこと自体は誤りではありません。発症した患者が何に罹患しているのかが分からなければ適切な治療ができないからです。

しかし、玉川徹氏に代表されるようなメディア上での発言者たちは、国民総員が検査を受ける必要があると主張し続けました。

筆者は医学は専門外ですが、しかし、この主張が通ればこの国の医療は崩壊すると考え、直ちにむやみなPCR検査は意味がないということを説明するコラムを掲載しました。この際工夫しなければならなかったのは、数学的な記号をなるべく使わずに説明することでした。Σやʃが出てくるとアナフィラキシーショックを起こす人が多いからです。

特にメディアの社会部の記者たちはその傾向が強いように思いました。

御承知のとおり、PCR検査は遺伝子を増幅させて検出して調べる方法です。体内にウイルスが検査時点で存在するかを調べるときに用います。感度は70%程度と言われます。

重要なことはこの検査は検査時点でウイルスが存在するかどうかを確認するということであり、検査した次の瞬間にウイルスが体内に侵入しているかもしれないということです。このため、国民全員に検査を実施して徹底的に押さえつけるという手法を取るならば、少なくとも3日に一度くらいの頻度で検査をしなければなりません。全く現実的ではないということです。

当コラムではこのPCR検査の検査精度を感度、特異度とともに90%という高い数値に仮定して考えました。

その結果、正しく新型コロナウイルスに感染している人が感染していると判断されるのは1111人に一人という驚くべき数字を算出しました。

つまり、当時行われていたような37度5分以上の発熱が4日以上続いた患者に対して行うのではなく、国民総員にPCR検査を行うと、正しく一人の感染者を見極めるために1110人の擬陽性または偽陰性の人が出て来て、社会は大混乱になるのです。

擬陽性の人が溢れかえると、二類感染症ですから病床は逼迫します。偽陰性の人が社会で自由に動き回ると感染が広まります。

つまり、むやみなPCR検査は混乱をもたらす以外の何の効果もないのです。このことを理解するのに感染症の専門的知識は不要です。一般的な常識的な感覚があれば理解できるはずです。

PCR検査は、開発者自身がそのような不特定多数の検査に用いることは適当ではないと考えていたと言われていますが、統計学的に見ると明らかに不適切です。

それでは抗原検査は?

第7波で巷を賑わせているのが抗原検査です。検査したいウイルスの抗体を用いて、ウイルスが持つたんぱく質を検出検査方法で、比較的簡単に検査できるため、検査キットも市販され、特別な検査機器を必要とせず、短時間で結果が出るというメリットがあります。

しかし、一定量以上のウイルス量がないと検出できないため検査制度はかなり劣り、とくに陰性と判定されたからといって、本当に陰性かどうか分からないという問題があります。

つまり、抗原検査陰性といってもウイルスをバラまく可能性は高いのです。

ここで、当コラムで何度か顔を出した「ベイズ統計」により、通常の感覚で確率を推計することがいかに難しいかということを再度説明しておきます。

この度の感染症に罹患する人の割合が100人に一人だとします。8月初旬における新型コロナ感染症のPCR検査陽性者の総計が120万人くらいだったので、概ね正確な数字でしょう。

ここで仮にある検査の誤判定確率が5%だとします。つまりその感染症に罹患している人の95%は正しく判定されますが、5%の人は陰性だと判定されるということです。逆に病気でないのに病気扱いされる人も5%は出るということです。

そこで全く何の症状もない人がこの検査を受けて陽性と判定された場合、その人が本当に罹患している確率はどのくらいかを計算してみます。

皆様の直感的にどのくらいの確率になるか考えてみてください。

95%が正しく判定されるということですから、かなりの確度でこの人は罹患しているとお考えになったことと推察します。おそらく90%前後の数字を思い浮かべた方が多いかと拝察いたします。

ところが統計学的に計算すると、その確率は16%でしかありません。逆も真なりです。

つまり、PCR検査ですら正しく判定できる確率はビックリするほど低いのに、ウイルスが大量にないと検出できない抗原検査で陽性・陰性を判定するのは困難です。

この検査精度を上げるためには、対象を発症者や濃厚接触者などに絞ることが必要です。むやみにやることは医療の混乱を招きつつ、市中にウイルスをまきちらす偽陰性の人たちを増やす効果しかもたらしません。

こんなことは、大学で統計学の入門的講義を履修している学生なら、夏休み前に計算できるはずです。

その程度のことがメディアは理解できないのです。