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専門コラム「指揮官の決断」

第317回 

プーチンの核使用

カテゴリ:危機管理

これははったりではない

いろいろな方と話をしていると、よく「ロシアは本当に核を使うんですかねぇ」と尋ねられることがあります。

当コラムで何度も申し上げてきておりますが、当コラムは危機管理の専門コラムであり、筆者は危機管理を専門とはしておりますが、軍事や安全保障、あるいは国際関係論を専門としているわけではありません。

専門コラムとして専門外の領域に関して言及することには極めて慎重な態度を取っておりますが、しかし、そもそも危機管理論という領域自体が東西冷戦期において国際紛争が第三次世界大戦にエスカレーションして、核兵器が使われるという事態を何とか回避しようとする努力から生まれてきたということを考えると、多くの方々の疑問に答えるのも当コラムの問題意識に入ってこなければならないかもしれません。

プーチン大統領は9月21日に「もし我が国の領土保全が脅かされた場合、我々はロシアと国民を守るために使用可能なすべての兵器システムを必ず使う。これははったりではない」と述べ、それが東部4州の併合と同時期であったため、この地域への攻撃に対して核兵器の使用をほのめかしたものと受け取られました。

さらに日本のメディアでは「これははったりではない」と述べたことが大きく取り上げられ、ロシアの核使用の危機がさらに高まったと報道されています。

まず、この報道を考えてみます。

そもそも一国の指導者が核の使用に言及しておいて「これははったりです。」と言うことなどあり得ないはずです。なので、その一言に一喜一憂することはありません。

次にプーチン大統領が核使用を決断するかどうかですが、これは正直なところ分かりません。

彼は歴史をよく読んでいます。ただ、残念なことにその読書歴によって培われた歴史観が歪んでいるために今回のウクライナ侵攻という結果になってしまっていますが、しかし、ここで核兵器を使った場合、歴史に汚名だけが残ることになることを知っていることを期待するしかありません。

危機管理論の立場から申し上げると、実はプーチン大統領が核使用を決断するかどうかという予測はあまり重要ではありません。危機管理論は彼が核使用を決断した場合にどうすべきかを考えることが課題だからです。

問題は彼が核使用を決断した場合に、ロシアが本当に核攻撃を行うかどうかということです。

ロシアの軍人の良識に期待

筆者はウラジオストクに海上自衛隊が初めて護衛艦を派遣した際に、派遣部隊司令部の幕僚としてウラジオストクに行ったことがあります。

当時のロシア太平洋艦隊司令官クロエドフ中将にお目にかかり、その旗艦であった「アドミラル・パンテレーエフ」の艦長や何人かの士官たちと懇談も行いました。彼らは文学や芸術に関する造詣が深く、英語を話す士官の数はそう多くはなかったものの、国民の中では知的エリート階級に属する人々であったことは明らかでした。

国家に対する忠誠心や愛国心の高さはびっくりするほどでした。

その彼らが軍人ではない、彼らが忌み嫌うKGBの中佐であったプーチン大統領を本心から崇拝しているとは考えられず、ましてその大統領から核攻撃の命令が出されたとして、素直に従うとは思えないというのが筆者の思いです。

海軍と陸軍や空軍では気質が異なるかもしれませんが、筆者は軍人たちは核攻撃の命令に素直に従わないと期待しています。

危機管理論の立場から見ると

一方、危機管理論の立場からもしプーチン大統領が最終的な決定をした場合、それがどのような形で現れるかを考えなければなりません。

さすがに核を搭載したミサイルが撃ち込まれるということはないと考えます。

ありうるシナリオとしては、ウクライナ国境付近における核実験、黒海沿岸における各魚雷の爆発、あるいは原子力発電所の破壊によるメルトダウンなどでしょう。

いずれの手段を取られても、ウクライナが怯えて戦意を喪失させることはないはずです。これが日本なら心配なところです。

逆に、核実験を除き、その他の手段が取られた場合、人的被害が出ることは間違いなく、その場合、一部でも被害がNATO加盟国に及んだ場合、NATOの軍事介入に口実を与えることになります。

NATOが核兵器を用いて報復に出るということはありませんが、ヨーロッパ全土を巻き込む戦争に発展する恐れがあります。

ロシアにはNATOを相手に戦う力は残されていませんので、プーチン大統領はさらに追い込まれることになります。

これが彼が核の使用を決断しないだろうと考えている根拠です。

しかし一度、どのような形であれ核兵器を使ってしまったら、核兵器使用の壁が低くなりますので、その場合はロシアによる核ミサイル攻撃を覚悟する必要が生ずるかもしれません。

結局、核使用のエスカレーションを招き、収拾が困難になることが予想されます。

そのような負のスパイラルに陥らないようにして、核戦争を避けるためにどうすればいいのかを危機管理論は考えなければなりません。

現在、ウクライナ東部および南部の各戦線ではロシア軍の敗走が続いています。

プーチン大統領は予備役兵の動員を決定しましたが、兵役逃れのため20万人を超えるロシア人たちが国外へ脱出したと伝えられています。

とてもではないですが、二つの国が戦っている際に勝っている側の国民が10万人単位で国外へ脱出するということは考えにくく、国内政情不安の大きさが伺えます。

そのように国民の士気が低下している最中に行われた予備役の動員ですが、これはやってはならない見本のような戦略です。

当コラムでは、ウクライナから何とか情報が入るようになった昨年の3月下旬、ウクライナ侵攻に当てられたロシア軍の勢力が小さすぎることを指摘しています。その前にはロシアの前線部隊指揮官が無能なのではないかと疑問を呈しています。

ロシアは昨年12月以降、国境付近に15万から20万の兵力を集中させていました。

筆者はまさかそのまま侵攻作戦を開始するとは思っていなかったのですが、どうもその兵力で侵攻を開始したようです。

この兵力はウクライナの正規軍とほぼ同等の勢力であり、同等の戦力を持って他国を侵略するというのは無理で、3倍から5倍の兵力を準備するというのが兵学の常識です。

プーチン大統領はその戦術の常識を無視して戦闘を開始しました。

動員された部隊の中には空挺師団などの精鋭部隊も含まれていますが、さすがに包囲戦を敢行するには兵力不足で、結局首都キーウを占領できずに撤退を余儀なくされました。

その後、東部に重点を移したのですが、アゾフ連隊などの抵抗にあって攻めあぐみ、ウクライナに兵力再構成のための時間を与えてしまいました。

そして、東部の各要衝を奪い返されるに及んで兵力不足を補うために予備役に動員をかけたのですが、これは兵力の逐次投入という、やってはならないと教科書に書いてある見本のような戦術です。

しかも、投入される部隊がより精鋭の部隊ならまだしも、再錬成訓練もろくに行わない予備役です。精鋭正規軍ですら勝てない相手に、予備役集団が善戦できるはずがないことは素人にも分かります。

この国内の政情不安を押し切って行った動員が功を奏しない場合、プーチン大統領は国際的にのみならず、国内的にも追い詰められてしまいます。

その場合、クーデターでも起きない限り、彼が何を決断するか予断を許さなくなります。

この際、彼の自暴自棄な決断を阻止するためには、まだ彼が体面を保っている今のうちに、彼に名誉ある撤退の途を与えるしかないかと思料いたします。

とりあえず彼に撤退を決断させてエスカレーションを防ぎ、その後、戦争犯罪の弾劾を行うことによりロシア国内において彼の失脚を画策し、望むらくはウクライナへの賠償を支払わせるという筋書きが現時点で考えうる精一杯の施策かと考えます。

筆者は、ロシアの軍人たちがクーデターによりプーチンを失脚させることを期待しています。

汚い爆弾

10月23日、ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相が西側諸国の国防相と会談し、その際にウクライナが「汚い爆弾」を用いた作戦を行う可能性があると警告したと伝えられています。

評論家たちは、これはロシアが自分たちが使うつもりであるが、その使用をウクライナ側のものとするための布石であるとのコメントを発しています。

筆者に言わせると「だから素人は困る。」というところです。

ロシアが汚い爆弾と言っているのはダイナマイトなどの従来型の爆発物に放射性物質を組み合わせたものであり、いわゆる核兵器ではありませんが、大量の放射性物質をばら撒く兵器です。

ロシアがこれを使うとは考えられません。

なぜなら、これをロシアが彼らがロシアに併合したウクライナ領に対して使用すると、放射性物質で地域が汚染されますが、ウクライナは除染能力を持たないため、NATOの介入を招くからです。NATOはロシアと戦うための軍事的介入ではなく、放射性物質で汚染された地域に住む住民のための人道的介入を正々堂々とできる口実を得ることになります。

そんな真似をNATOに許したいとロシアが考えているはずはありません。

それでは何故ロシアはそのような発表をしたのかということになります。

多分、ロシアはウクライナ領内での作戦成功の見込みを失い、ロシア領内への撤退を考えているのだと推測されます。そのための口実として、兵員を放射性物質による汚染から守るという口実としているものと思われます。

さらに、もしロシアが使うとすれば、撤退に際して追撃してくるウクライナ軍を足止めするために、その正面に少量の核汚染物質を撒くというということはあるかもしれません。それなら数回の降雨で流されてしまい、あるいは降雪や凍結で被害が深刻にならずNATOの介入を招かなくて済みます。

つまり、この発表はロシア国民向けと考えるべきだと思料します。