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専門コラム「指揮官の決断」

第322回 

サブリミナル効果

カテゴリ:意思決定

認知科学の領域

当コラムでは時々認知科学的な問題を取り上げることがあります。

危機管理の専門コラムとして「意思決定」に関わる問題については積極的に触れようと考えていることがその理由ですが、しかしながら、執筆者が心理学などを専門としているものではないことから、その言及の程度にも限界があります

筆者の専門は組織論であり、その枠組みからの議論を展開しておりますので、純粋な認知科学あるいは心理学的な議論はできておりません。興味をお持ちの方は、当コラムを契機として、より専門的なコラムなどで勉強されることをお勧めします。とても興味深い分野です。

実証されたのか?

認知科学の領域に関して門外漢の方でも「サブリミナル効果」という言葉には聞き覚えをお持ちのことと拝察いたします。

しかし、多くの方が認識されているサブリミナル効果とは「知覚できない短時間や音量を通常の映像や音楽に潜ませて提示すると、提示された内容に関連する商品の購買意欲が高まる。」というものでしょう。しかし、科学的な検証によると、この理解は誤りです。

皆様方の多くの理解は、1960年代にある広告業者が発表したものであり、映画の上映時に映画フィルムに「コカ・コーラ」「ポップコーン」などに関するメッセージを1/3000秒間で繰り返ししのばせることで、それらに関連する商品の売り上げが伸びたというものですが、この業者の実験にはサブリミナルなメッセージがない条件とある条件での比較がなされておらず、どのような実験だったのか詳細な記録もありません。

そもそも、この発表当時、映画のフィルムに1/3000秒だけしのばせて投影するという技術はありませんでした。つまり、実験が行われたこと自体の真偽に問題があるということです。

しかし、その影響は特に日本では顕著で、現在でもそのような技術を使った番組はテレビでは禁止されています。

そもそも、このサブリミナル(subliminal)という言葉は、音、光・映像、味、触感、匂いなどの大きさが小さすぎて人の意識にのぼらない状態を指しています。この問題に関する研究では、1秒より短い情報を、何度も見せないほうが、効果が強いという報告がなされています。

サブリミナル効果の派生的意義

様々な研究が行われた結果、サブリミナル効果についてはその影響を否定する見解が支配的になってきているようです。

ただ、この問題の研究により、別の成果が上がっています。

それは知覚的流暢性誤帰属説というものです。

この説によれば、たとえば、以前見たことがある対象に再び接した場合、たとえそのことを忘れていたとしても比較的スムーズに知覚されるのだそうです。そして、その対象を目にした際のスムーズな感じを人が「私がこれを好きだから」とか「明るいから」などという肯定的に誤って解釈するのだそうです。

つまり、無自覚に取り込んだ情報が、私たちの意思決定に意外な影響を与えかねないということなのです。

このことがどういうことかと言うと、あらかじめある情報をさりげなく人々に与えておくと、特定の事態においてその情報にいきなり接する場合よりも好意的に受け入れられたりすることがあるということです。

このような効果を巧みに使うことによりマインドコントロールができるということでもあります。

危機管理上の事態において気が動転してしまうと、私たちは冷静な判断能力を失い、様々な情報をその印象で判断してしまうことがあります。知覚的流暢性誤帰属説はそのような私たちの性質に対して警鐘を鳴らすものでもあります。

危機管理上の事態においてこそ、私たちは醒めた眼で事態を観察し、冷静に判断しなければなりません。

このような私たち人間の知覚に関する認知科学的な知識をあらかじめ持っておくことは重要なことだと考えています。