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専門コラム「指揮官の決断」

第321回 

この国最大の危機

カテゴリ:危機管理

暗澹たる世相

異様な勢いで繰り返される北朝鮮の弾道ミサイル発射実験、覇権主義に基づく中国の露骨な海洋進出、年々生起確率を上げていく南海トラフ地震、円安など、この国はいったいどうなっていくのだろうかと思わざるを得ません。

依然として出口の見えないウクライナでの戦争、第8波到来と言われるコロナ禍、元首相が暗殺されるという事件に端を発する宗教法人のマインドコントロールの問題やそれに対応していかなければならない政権における相次ぐ閣僚の更迭などを見ていると、この国が追い込まれている状況の深刻さに暗然とします。

危機管理を理解できない男

岸田首相は総裁選において「危機管理の要諦は、最悪の事態を想定し、それに備えること。」と述べました。

当コラムではそれは危機管理ではないと指摘しています。

(専門コラム「指揮官の決断」第261回 「危機管理の要諦は最悪の事態に備えること」?

https://aegis-cms.co.jp/2510 )

想定できるのであれば、その事態は「危機」ではなく「危険性」だからです。

想定できるのであれば、その対応を検討して対応計画を策定しておけばよく、その危険性が現実になったら、あらかじめ策定しておいた計画を実施に移せばいいだけのことなので、残るのは「手続き」でしかありません。

それがBCPです。良くできたBCPがあれば対処できるはずであり、リスクマネジメントのコンサルタントの手腕が問われます。

一方、「危機」というのは想定していないような事態に巻き込まれてしまう状態のことを指します。

想定外ですから計画も準備もなく、心構えも覚悟もないのが普通です。

したがって、ただうろたえるだけでしっかりとした対応を望むこと自体が無理なのかもしれません。

「危機管理」というのは、そのような事態に際して、指揮官(経営トップ)がいかに毅然と対応し、危機の中に機会を見出して組織を飛躍させるかということを課題とするマネジメントです。

事態を予測して対応の準備をするのは「リスクマネジメント」であり、それは危険性への対応であり、危機管理ではありません。

つまり、この国のトップは「危機管理」が何をするマネジメントなのかすら理解していないのです。

検討使・・・

岸田首相は就任当初「検討する」「検討していく」という言葉を多用していた時期があります。このため、役人の間では「検討使キッシー」と呼ばれたそうです。

首相のスピーチを書いているのが官邸詰めの役人ですから、当然その耳に入ったらしく、首相の発言から「検討する」という言葉が少なくなりました。もちろん無くなったということではありません。

きどうてきに・・・

代わりに多くなってきたのは「きどうてきに対応する。」という表現です。この「きどうてき」という言葉がどのような意味で使われているのか筆者には分からず、どう考えても「機動的」ではないので、多分「詭道的」という意味だろうと考えていました。いかにもやっている風を装って国民を欺くことに長けているからです。このことについては当コラムやでも指摘したことがあります。(専門コラム「指揮官の決断」第285回 検討使500歩後退

https://aegis-cms.co.jp/2648 )

全力で・・・

筆者のこの理解が首相の耳に入ったとは思いませんが、最近はこの言葉もあまり使われず、代わりに出てきたのが「全力で」という言葉です。

首相は事あるごとに「全力」で対応すると言うので、一体何に本当に全力で向かおうとしているのか本当に分かりませんでした。このことについても当コラムで批判しています。

(専門コラム「指揮官の決断」第318回 聞き飽きた https://aegis-cms.co.jp/2823 )

許容できない・・・・

ところが最近首相の言葉で多いのが「許容できない」という言葉です。

北朝鮮がミサイルを発射する度に「許容できない」とコメントしています。

2022年に入ってから北朝鮮が発射した弾道ミサイルなどはすでに40回近く、90発近いミサイルが発射されています。

岸田首相はそのたびに「断じて許容できない。」と述べるのですが、それでは何をしているのかと言えば、北京の外交筋を通じて抗議しているだけです。

そもそも彼は「許容できない」と述べるに留まっており、「許容しない」と言い切っていません。

「許容できない」というのは「許容する」ことが無理と言っているだけで、当たり前なのですが、一方の「許容しない」という表現には意思の表明が含まれています。自分はそれを許すつもりが無いということで、「次回やったらどうする」という覚悟が入っています。

首相にはそのような覚悟などどこにも見受けられません。

厳重な抗議というのも、外交ルートを通じて間接的に伝えられるだけで、しかも「最も強い言葉で非難する」程度のことでしょうから、そんなことで北朝鮮が何か考えるかと思ったら大間違いなのでしょう。

筆者だって、目の前で誰かに「馬鹿野郎!」とか罵られたら少しは腹が立ちますが、「お前を最も強い言葉で非難する。」と言われたら、「どうぞご自由に」という程度の反論で収まってしまいます。

役人ならやらない

首相の発言で最低なのは、記者から対応を問われて「早急に検討に着手するよう指示をしました。」ということが時々あることです。

筆者は公務員生活を長く続けましたが、筆者が現役なら、この指示を受けたら「とりあえずは何もしない。」という対応をします。役人はそのように理解するはずです。

何故なら、役人はただでさえ対応しなければならない案件を山ほど抱えており、優先順位を付けて業務をこなしているからです。

首相の指示は「早急に」であって「期限」が示されていません。しかも「対策を立案せよ」ではなく、「検討」への「着手」なのですから、何か問われたら「検討を始めました」と答えれば済むので、あえて手を付ける必要が無いのです。

筆者が経験してきた世界ではそのような指示が出ることはありませんでした。指示がしっかりと理解され、履行されるにはそれなりの指示の出し方があるのです。

筆者が海上自衛隊の佐世保を母港とする護衛隊群司令部の幕僚として海上勤務をしていた頃、群司令の指示は次のように行われていました。

夜遅く、群旗艦艦内の司令部幕僚事務室を引き上げようとしているところに、群司令から「ちょっと顔を出してくれ」と呼ばれます。

何かあったかと群司令執務室に行くと、「この案件だけどさぁ。何とかしなければならないから、対策を作ってくれ。」などと言われます。そして下がろうとすると「急がなくていいぞ。明日の朝聞くから。」という言葉が追いかけてきます。そこでベッドに潜り込むのを諦めて幕僚事務室に戻ります。

検討せよという指示ではありません。対策を作って、命令にするなり調整をするなりの方法を取ることが要求されていて、しかも期限が示されています。

筆者はその司令部幕僚勤務の2年間で17日間しか休みがありませんでしたが、司令部内部ではこのような状況でした。

この時の群司令は我々幕僚に対し、課題と期限を明確に示し、妥協を許さないという態度を貫きました。そして自分に対しても厳しく、夜中に「急がなくていい。明日の朝聞くから」と言われて「それならやってやろうじゃないの」と急いで作業にかかり、深夜に報告に行くと「オゥ、早いな」などと言って赤インクのペンを持って起きてきて、筆者の起案した命令などを真っ赤にしてくる人物でした。

「ダメだ。やり直せ」などという指示を出さず、修正すべきポイントを明確に示してくれる指揮官でした。

自分が指揮官配置に就いてみて、それがいかに面倒なことかを知ることになりました。その面倒な仕事をその群司令は嫌な顔をせずにやっていたのです。

そのようなトップから指示されたら、必死になってついて行かざるを得ません。

この国の抱える最大の危機は・・・

指揮官にはこのような明確さが必要です。

「検討する」「きどうてきに」「全力をもって」「許容できない」という具体性を欠く言動は指揮官の言葉ではなく、単なる政治屋の言葉に過ぎません。

この国が抱える最大の危機はその程度の政治屋を首相としていることに他なりません。