専門コラム「指揮官の決断」
第330回危機管理入門 危機管理とは
危機管理論入門 Ⅰ-1-1
はじめに
危機管理に関する入門的なコラムの掲載を始めます。
これまでにも何度か試みてきましたが、その都度、様々な社会問題が生じてそちらに目を奪われてなし崩しとなっていました。
今回はそれらの反省を踏まえ、ある程度の数が集まれば体系的にお読み頂けるよう一連番号を付してお届けします。
なお、あらかじめ目次体系はあるのですが、多分、執筆中に書かねばならないことが数多く出てくると思われますので、そのたびに一連番号が付与されていきますので、当初の番号に比べて、回を重ねていくと複雑な番号体系になっていくかもしれませんが、この点については皆様のご配慮を賜りたく存じます。
また、分類上の問題から一連番号が振り直されることもあるかもしれません。つまり、あるコラムよりも前に読んでいただきたい記事を掲載した場合には、一連番号が逆転することもあるということです。ただし、弊社ウェブサイトへの掲載は掲載日順に行ってまいりますので、続けて読んでいただいている方はその番号を意識される必要はありません。あくまでも、バックナンバーから読み直して勉強しようとお考えの方のための一連番号です。
危機管理とは?
さて、今回はそもそも危機管理とは何なのかという問題を取り上げます。
危機管理について定義するということは、危機管理の概念そのものについての議論となってしまいます。つまり、危機管理というものが何を意味するのかという概念規定すらこの国では曖昧だからです。危機管理とは何かという考え方は論者の数だけあると言っても過言ではありません。
このため、セミナーなどに呼ばれて登壇する際、「リスクマネジメントの専門家の林先生をご紹介します。」などと言われて狼狽えることがあります。
「危機管理」が何かという議論は何百通りもできるので、これが正解ですというのはなかなか難しいのですが、一方で、これは危機管理ではありません、ということは言えるのかもしれません。
例えば、筆者がよく狼狽えるように、リスクマネジメントは危機管理とは異なる概念を持っています。
こう述べると、「エエーッ!?」と思われる方が多いかと存じますので、まずは危機管理とは何かという議論から始めたいと思います。
危機管理とは「管理」という文字が当てられていることからも分かるようにマネジメント論の一種です。
個人の生活、会社の経営、国家の運営など、様々な局面で私たちが直面する危機的な状況にいかに対処していくかを課題とするマネジメントです。
マネジメント論の究極の目的は、個人・組織・社会・国家などの主体が合理的に目的を達成するための問題を解決していくことにあります。
例えば、企業経営においては市場において活発に取引ができる必要があり、そのための商品開発や営業戦略などが必要になりますが、さらにはそれらの活動を支えるための人事戦略も必要になってきますし、企業の規模が大きくなってくると、日常的に様々に雑多な事柄に対応していかなければなりません。それらの問題に対応するためにもそれなりの戦略が必要で、かつ、その戦略を具体化する戦術が必要になってきます。
それらが商品戦略だったり、マーケティング戦略だったり、人事管理だったり、財務管理だったりするということです。
そして、それら日常的に必要とされる様々なマネジメントではなく、会社が予期していない事態に遭遇した際にどうすればよいかという戦略も必要となってきます。
予期しない事態というものにはいろいろな性格があるかと思われます。
例えば、商品戦略において、ある商品が何かのきっかけで爆発的な人気を博してしまうということだってあるかもしれません。その結果、増産体制が整わず、せっかくの機会を十分に活用できないという事態になるかもしれません。
このような事態にも的確に対応できれば素晴らしいのですが、しかし、その対応が少しばかり後手に回ったとしても、取れるであろう利幅が小さくなるだけであり、マイナスになるということではないので、企業の存続を揺るがすことにはなりません。将来的にその企業の基礎となるものが築けるかどうかという重要な局面ではありますが、「危機」への対応とは異なっています。
「危機管理」が必要なのは、企業の存続を脅かしかねない事態が生じた場合です。
個人について述べれば、その人の人生を脅かしかねない事態への対処、国家ならその国の平和が犯され、独立が危ぶまれるような状況への対処は間違うと大変なことになります。
そこでしっかりと対応するために必要なマネジメントが「危機管理」です。
「危機管理」という言葉はある意味で自己撞着に陥っている言葉です。
「管理」できるのなら「危機」ではないだろう、というご批判に耐えることができません。
そうです。管理できないから危機的な状況になるので、「危機管理」という言葉にはそもそも矛盾があるのです。
管理できないから危機なのは間違いないのですが、だからと言って手をこまねいていることはできません。経営者には大きな責任があります。
経営者はいかなる危機においてもひるまずに組織を存続させなければなりません。そのために必要となるマネジメントが「危機管理」です。
それだけではありません。経営者は組織を存続させればよいというものではありません。
経営者は組織が危機に襲われているということが、組織にとって組織を取り囲む環境が激変しているのだということを認識しなければなりません。
環境が激変しているということは、組織にとっては不利なことばかりではないはずです。
経営者は激変する環境の中に組織を飛躍させる要素を見つけ、そこに適応していかなければなりません。
冒頭で「危機管理」の定義は論者の数ほどあると述べました。
当コラムで展開していく「危機管理」とはつぎのようなものになっていくはずです。
「想定外の事態に毅然と対応し、その事態に踏み潰されるのではなく、組織が一丸となって踏みとどまり、激変する環境の中に機会を見出して組織を飛躍させるためのマネジメント」
端的に申し上げれば「危機を機会に変えるマネジメント」が「危機管理」です。
今後、この入門的なコラムはこの基本的な考え方に立って議論を展開してまいります。
今後をご期待ください。