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専門コラム「指揮官の決断」

第348回 

専守防衛

カテゴリ:危機管理

「専守防衛」概念の誤解

当コラムは危機管理の専門コラムですので、その他の専門領域に入り込むことにきわめて慎重な態度を取っておりますが、安全保障上の問題に関してはこれを黙して語らずという態度をとるのは危機管理の専門コラムとしての見識を疑われかねません。

各論について語るつもりはありませんが、しかしこの議論の根本にかかる誤解が世間にはびこっていますので、その点について言及させていただきます。

何が誤解かというと「専守防衛」の概念です。

防衛省のウェブサイトには次のような定義が記載されています。

「専守防衛とは、相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢をいう。」

この定義には重大な問題が潜んでいます。

定義が曖昧なことに起因するのですが、政治家や評論家たちがこの専守防衛の概念を曲解していることが問題なのです。

多くの識者と呼ばれる人々が理解している我が国の取るべき安全保障政策は次のようなものです。

先制攻撃はしない。我が国の独立と平和を侵す事態が発生しそうになっても、あくまでも外交努力を続ける。たとえ、両国間の関係が最終段階になっていようと具体的な武力行使が行われない限り、こちらから武力を行使することはない。

具体的な武力行使が行われた際には、自衛権を発動するが、わが国に対して行われた侵害を回復させるだけにとどめ、相手からの侵害を口実にそれ以上の武力行使は行わない。

したがって、我が国の防衛力整備もその範囲内で行う。

ところが、政治家や評論家たちが自衛権の発動によって事態がどうなるのかについて具体的なイメージを持っていないので、この議論が筆者のような元プロから見るとチグハグなのです。

一般に理解される専守防衛の概念で現実に起こりうる事態を説明すると次のようになります。

まず、我が国に対して外交交渉ではなく武力によりその意思を実現しようとする国からの武力攻撃が行われます。

そこで自衛隊に対し「防衛出動」が下令され、その侵略国との間に戦争状態が生じます。

しかし、その対応は我が国への侵害行為にのみ向けられ、直接我が国の領土・領空・領海を侵す攻撃、あるいは我が国船舶・航空機への攻撃を排除するに留まり、相手国が侵略の意思を捨てたならば、それ以上の深追いはしません。

このために整備する防衛力もこの目的のための必要最小限に抑えます。

実は政治家たちや評論家たちが理解しているこの専守防衛の概念が間違っています。

正当防衛の概念が正しく理解されておらず、しかも国際法に違反した理解だからです。

尖閣有事の場合

例えば、尖閣有事の場合ですが、尖閣諸島に中国軍が上陸を開始した場合、島には自衛隊は常駐していませんから無血上陸になります。その事態を確認したら、自衛隊が奪い返しに行くという事態を想定している方がほとんどであると拝察します。

実はこのような対応は理論的には国際法上は違法となります。

国連憲章がそのような対応を禁じているからです。

尖閣有事の事態が生じ、尖閣諸島が不当に占拠されたとします。

守備隊が迎え撃つために戦闘行為を行うのは国際法上の自衛権の発動なので問題はありません。一方、自衛隊が常駐していない島で無血上陸により一時的に占拠され、その事態が継続している状態ではどうでしょうか。

動産ではない領土の一部について即時取得は認めらません。また、世界中が軍隊によって日本の領土が侵されたことを知っていますから、公信の原則も適用されません。

したがって、我が国の正当な支配権は認められます。しかし、これを奪い返すために武力を用いることは国連憲章に違反することになります。これを政治家も評論家も理解していないので議論がチグハグなのです。

国連憲章51条は次のように規定しています。

「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国が措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。」

一見して自衛権の行使が認められるように見えます。しかし、同条は後段で次のように規定しています。

「また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。」と釘を刺しています。

その上で第33条で次のように規定しています。

「いかなる紛争でもその継続が国際の平和及び安全の維持を危くする虞のあるものについては、その当事者は、まず第一に、交渉、審査、仲介、調停、仲裁裁判、司法的解決、地域的機関又は地域的取極の利用その他当事者が選ぶ平和的手段による解決を求めなければならない。」

つまり、尖閣諸島を巡って守備隊との間に戦闘が行われている場合は自衛権の発動と認められるのですが、侵略国が仮に一時的にであるにせよ占領してしまったら、それを奪い返すことは国連憲章上は違法なのです。

安全保障理事会に提訴しなければならないのです。

ウクライナの場合は、現に領土を巡って戦闘が継続されていますのでウクライナが戦うことは自衛権の発動なのですが、尖閣諸島の場合には侵略軍を自衛隊が水際で撃退していないと自衛権の発動ができず、国連に提訴するしかないのです。

つまり、やられるまで待ってやりかえすということは、国際法違反でもあります。

国連憲章をちゃんと読むと

政治家や評論家の議論が誤っているのは、国連憲章を読み間違っていることに原因があります。

先に挙げた51条ですが、前掲の日本語は国連広報センターや外務省で採用されている公式の日本語訳ですが、この訳が間違いなのです。

日本語では「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。」となっています。

しかし、英語の原文では“Nothing in the present Charter shall impair the inherent right of individual or collective self-defense if an armed attack occurs against a Member of the United Nations, until the Security Council has taken measures necessary to maintain international peace and security”となっています。

注意していただきたいのは原文では「武力攻撃が発生した場合」と過去形で書かれていないことです。if an armed attack occurs であり、現在形です。

つまり前述したように、すでに行われた武力攻撃に対してではなく、行われる武力攻撃に対しての自衛権を害しないということであり、すでに行われた武力攻撃に対する復仇権の留保は30条の規定により認められていません。

つまり、この国で理解されている「専守防衛」という概念は、正当防衛の要件を満たさず、国際法に違反した考え方なのです。

正当防衛の概念や国連憲章に準拠して尖閣諸島への攻撃に対抗するためには、上陸軍を守備隊が攻撃して撃退するか、それらが進発してくる港や航空基地を攻撃することが国際法に準拠した方法なのです。

つまり、敵基地攻撃能力は国際法を遵守した専守防衛のためには必要な能力なのですが、野党の多くはこれを理解していません。

北朝鮮の弾道弾に対応するためには、発射されたミサイルを迎撃するか、発射前にその発射基地を破壊するしかありません。一発撃たせて北朝鮮に宣戦布告するということはできません。

正しく理解されていない専守防衛という考え方は、国際法違反であるだけでなく、国民に多大の犠牲を強いるものです。

まずは我が国に核弾頭が撃ち込まれるまでは何もしない、上陸してきた敵を撃退するだけにとどまるということなのですから、最初の一撃で多くの国民の命が奪われ、敵の上陸を待って戦うとかつて沖縄で起こった戦いや現にウクライナで行われている戦争のように多くの一般市民が犠牲になります。

そのような結果になることを隠した議論展開されているのです。

正当防衛の概念も理解されていない

おそらく、国際法上の概念は皆様にとって整理がしにくいかもしれません。

国内法に置き換えて説明してみます。

法学部出身の方や教養課程で刑法を学ばれた方は、正当防衛の概念についての講義があったことをご記憶のことと拝察いたします。

しかし、この正当防衛の概念もほとんどの方が誤解されています。

正当防衛とは急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は罰せられないという考え方であり、この正当防衛であるための要件は次のとおりです。

1 権利への不正の侵害であること

2 その侵害行為が急迫なものであること

3 防衛行為の必要性があること

4 防衛のためになした行為が侵害に対して相当であること

この正当防衛の要件については皆さまもおおむね正しくご理解のことと拝察します。刑法の講義ではこの要件を挙げよというのが頻出問題です。

しかし、問題はその先にあり、正当防衛と認められる行為は何かという話になると皆様の理解は怪しくなっていきます。

正当防衛とは「急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為」であり、この「急迫」は「法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫っている状態」を指します。(最高裁判例昭和46年11月16日)

権利を防衛するためになす行為が正当防衛の行為であり、防衛せずに権利を侵された場合に行う行為ではありません。

「被害の緊迫した危険にある者は、加害者が現に被害を与えるに至るまで、正当防衛することを待たねばならぬ道理はない。」(最高裁判例昭和24年8月18日)のであり、むしろ過去の侵害は、侵害が終わっているため、正当防衛はできないというのが判例における通説です。つまり、やられたらやり返す際、「倍返し」はダメだけど均衡のとれた反撃であればOKということにはならないのです。やられる前に阻止するのが法の要請なのです。

しかし、我が国は防衛省のサイトに記載されているとおり、相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使するのですから、刑法が予定している正当防衛ではありません。正当防衛が認められる要件よりさらに抑制的な発動要件でありますが、しかし、国際法上は違法となる恐れをなしとしません。

なぜわざわざ国民を犠牲にする必要があるのか

この自衛権の行使に関する考え方は危険でもあります。

北朝鮮が弾道ミサイルを我が国に向けて発射しても、発射されたミサイルにしか対処できないからです。次発の準備をしていることが分かっても、それが我が国に対して打ち上げられない限り対処することができません。

次発を準備していることが明らかな場合には攻撃してもいいということなら、最初に一発でも対処して差し支えないはずです。何も核兵器によって多くの国民の命が失われることを待つ必要はありません。それが国際法の要請ですし、国内の刑法も同様の考え方です。

殴られたら殴り返すのは正当防衛ではないのです。

繰り返します。

相手の攻撃を受けてからでは遅いのです。

自衛権は攻撃を避けるために発動すべきなのであって、我が国に侵攻してくる敵軍の策源地を攻撃することが国際法上の要請なのです。

尖閣諸島が奪われたら自衛隊が奪い返してはならず、国連に提訴しなければなりません。

相手が常任理事国である場合、安全保障理事会が機能するかどうかはウクライナ情勢を見ていれば誰にも明らかです。