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専門コラム「指揮官の決断」

第347回 

危機管理とは   その6

カテゴリ:危機管理論入門

危機管理概念の混乱の原因は?

またしても1か月ほどが経過してしまいましたが、危機管理論の入門的議論に戻ります。

これまでにこの危機管理論の入門的議論においては、この国では危機管理の概念に混乱が見られ、リスクマネジメントが危機管理であると捉えられていると指摘してきました。また、その混乱が生じているのは、少なくとも筆者が認識する限りにおいて、日本において顕著な現象であるとも指摘してきました。

危機管理論の誕生

それでは、なぜこの混乱が生じたのかについて考えていきます。

危機管理論(クライシスマネジメント論)が研究されてきた歴史は比較的古く、戦後東西冷戦が厳しさを増して、第3次世界大戦勃発の恐れが笑い事ではなくなってきた1950年代に、国家間の紛争が何かの拍子に大規模化し、核戦争に拡大してしまうことをいかに防ぐかという観点からの研究が始まり、日本においてもその領域を研究する研究者が少数ですが現れ始めていました。

彼らは”Crisis Management “とという言葉を「危機管理」と訳して研究を発表し、議論を展開していました。この訳は直訳であり、間違いようのない訳でした。

しかし、この分野の研究はまだ一般的ではなく、その分野を研究する極めて少数の研究者たちの間でのみ議論されていました。

なぜ一般的でなかったかというと、それはすなわち戦争を研究することになり、学会においてはタブー視されていたからです。

戦争を抑止するための研究なのですが、その議論をすることさえタブー視するこの風潮はいまでも学術会議に引き継がれています。

政治の政界においてもしかりであり、立憲民主党や社会民主党などは、安全保障にかかわる議論にきわめて慎重な態度を取ってきましたが、同時に学ぶことすら怠ってきたため、この分野の議論をさせると幼児のような発言しかできずにいます。

リスクマネジメント論の誕生

一方、リスクマネジメントの研究が始まったのは一歩遅く、日本で本格的にリスクマネジメントの研究を始めたのは関西大学商学部の亀井利明教授でした。

亀井教授は後にリスクマネジメント学会を組織され、その理事長も務められた日本におけるリスクマネジメントの権威です。

そもそものリスクマネジメント論の誕生は1920年代に遡ります。

悪性のインフレに見舞われていたドイツにおいて、企業防衛のための経営管理のノウハウとして登場してきた経営政策論でした。

そして1930年代に米国から始まった大不況下にあって、企業防衛のために登場した保険管理論が注目されました。不況や災害に対処するための保険の用い方に関する研究が進み、それが米国において“Risk Management ”として一つの研究分野が打ち立てられました。

この”Risk Management “の議論が日本で活発化されようとするとき、研究者たちはなぜか「リスクマネジメント」とカタカナにするだけで議論を始めてしまったのです。

ここで、クライシス(危機)とリスク(危険)の概念の違いを厳密に議論しなかったのが混乱の始まりだったかもしれません。

しかし、始まったばかりのリスクマネジメントの研究者たちは「リスクマネジメント」というカタカナを使い、Risk Managementを危機管理とは呼んでいませんでした。

つまり、リスクマネジメント論が議論され始めた頃の研究者たちは両者をしっかりと峻別していたということです。

危機管理という言葉は長く専門家たちだけの間で交わされていましたが、これを私たちの社会に一般的に流布させたのは元警察官僚であった佐々淳行氏でした。

佐々氏の著書『危機管理のノウハウ』は氏の警察官僚としてのあさま山荘事件などへの対応などの経験を例にして分かりやすく基本的な考え方を示し、「危機管理」という言葉を一般社会に定着させました。1991年のことでした。

混乱の始まり

1995年1月17日、阪神淡路大震災が生起し、戦後最大の自然災害となりました。

この大震災を契機として、政府や自治体は危機管理の重要にやっと目覚め、その議論が活発化されていきました。

同時に、損害保険、生命保険、銀行などの金融機関を中心としてリスクマネジメントの議論が活発化しました。これは各金融機関にとっては当然の話であり、もともと保険をいかに生かして企業を防衛するかという議論がリスクマネジメントの原点だったからです。

つまり、阪神淡路大震災以降、主として行政の立場から危機管理論が議論され、企業をめぐる金融機関の立場からリスクマネジメントが語られるということが活発になっていったのです。

それぞれがそれぞれの理由があって真剣な取り組みが始まっていました。

ところが、リスクマネジメントと危機管理の概念の混乱が始まったのもこの頃からだったのです。

筆者は、日本でなぜこの概念の混乱が生じているのかを疑問に思い、その原因を探ったことがあります。

幹部学校高級課程学生を命ぜられて目黒の海上自衛隊幹部学校に入校したときでした。

1年間の学生生活であり、与えられた課題の研究はしなければならないのですが、それまでの部隊勤務に比べると恵まれた勤務環境で、時間的な余裕があり、また、防衛研究所や統合幕僚学校の図書室なども利用できました。また、好きではない東京に戻されてうんざりはしていましたが、国会図書館なども利用できる環境であったことも幸いし、付与された課題のほかにいろいろな勉強をすることができました。

筆者は、リスクマネジメントと危機管理の概念の混乱がいつ頃から始まったのかを探るために、まず新聞や雑誌の記事を確認してデータベース化することから始めました。

そして分かったのが、この概念の混乱が始まったのが阪神淡路大震災の後であるということでした。

またしてもメディアの認識の低さ

行政において危機管理の議論が行われ、ビジネスの世界においてリスクマネジメントの話が賑やかになったこの頃、不勉強なメディアが両者の概念の違いを理解せずに、危機管理という言葉とリスクマネジメントという言葉をそれらの意味によって使い分けずに使い始めたのです。

特に酷かったのが、危機管理という日本語ではなくリスクマネジメントというカタカナ英語の方が耳障りがよかったのか、本来「危機管理」の議論であるはずの内容に「リスクマネジメント」という言葉を使って記事を作ることが多かったことです。

弊社では、ここ3年のメディアの感染症に関する記事に関し、記者たちは簡単な算数も英語も理解しないと批判したコラムを掲載し続けていますが、彼らの英語に関する認識の低さは、今始まったことではなく、1995年ころには定着していたようです。

彼らはcrisis とriskの違いが理解できず、両者を同一に扱ったのです。

よく考えると、これは英語能力の問題ですらないかもしれません。

「危機」と「危険」の概念の違いが理解できないのは、英語ではなく日本語の問題だからです。

リスクマネジメント創成期の研究者たちが、”risk management”という言葉を「危機管理」と表記せずに「リスクマネジメント」というカタカナ英語を用いたのは、彼らがリスクと危険の違いを認識していたからに違いありません。

しかし、1990年代のメディアはその感性すら失っているのです。

いずれにせよ、1995年以降、新聞や雑誌、テレビなどのメディアにおいて「リスクマネジメント」という言葉と「危機管理」という言葉が特に違いを意識せずに使われるようになっていきました。

これが我が国における危機管理の概念の混乱の始まりです。

サメとイルカ

「リスクマネジメント」と「危機管理」は、どちらも危うい状況をどう乗り切るかを課題とします。

しかし、その概念は全く異なります。共通しているのは「危」という字だけです。

株式会社ドラゴンコンサルティングの五藤万晶氏の言葉をお借りすると、両者は「サメ」と「イルカ」に似ています。

両者とも海に生き、早く泳ぐことができます。形も似ているといえば言えないこともありません。しかし、一方は魚類で一方は哺乳類です。生まれも育ちも全く異なるのです。

不勉強で不注意なメディアのおかげで、この国の危機管理の概念は大きく混乱し、その結果、まともな危機管理が行われずにいます。

甚だしきは首相すら危機管理の概念を理解していないという状況です。(専門コラム「指揮官の決断」 https://aegis-cms.co.jp/2510 第261回 「危機管理の要諦は最悪の事態に備えること」?)

筆者は、この末期的状況を何とかしたいと願い、コンサルタントとしての活動を続けています。皆様に危機管理を正しく理解していただき、そのうえで、危機管理における最良のツールであり、それだけでなくあらゆる意思決定を確実なものとすることに役立つツールである図上演習を普及したいという思いで、このコラムを綴っています。