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専門コラム「指揮官の決断」

第351回 

安全保障の議論の経済的側面 その1

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安全保障関連予算対GDP比2%へ

通常国会が閉会となりました。

先に政府が打ち出した安全保障関連予算の対GDP比2%への増額を裏付けるための予算を確保する法案などが成立していきましたが、筆者に言わせれば、最低の措置です。

このままでは自衛隊は張り子のブタになってしまい、戦うことのできない軍隊に成り下がる虞があります。

まず、防衛増税と言われないよう特別会計の剰余金や国有財産の売却益など税外収入による「防衛力強化資金」を創設するという説明ですが、これは完全に国民を騙し、愚弄するものです。

特別会計の剰余金と言いますが、特別会計において大きな利益を得ているからこそ、この国はまだ生きながらえているのであり、それを防衛予算に回してしまったら、この国は生きていけなけくなります。一方で国有財産の売却益などを充てるとしていますが、特別会計に大きな利益をもたらせているのがそれらの国有財産であり、これを売り払ってしまうというのは、ワンショットの収益のみに期待していることになり、長期的な安定財源を失うということであることを理解できないようです。つまり、金の卵を産む鶏がいたら、その鶏を大切にすべきところ、目の前の現金が欲しいから鶏を売り払うと言っているのと同じです。

政府はどうしてもこの財源を国債によって賄おうとしていないのです。向う5年間でどうしても不足する財源については防衛国債を発行するとは言っておりますが、結局は増税の議論が出てくるのは間違いありません。

その結果、対GDP2%となっても防衛予算は縮減していき、当初2%を達成するために無理やり作った買い物リストに縛られて身動きできずに張り子のブタを作り続けるしかなく、そのうちにGDP2%の金額が現在の1%とほとんど変わらない国力にこの国が成り下がるのが予見できます。

経済学は弊社の専門外ですが、筆者は一応経済学部出身であり、大学院も経済学研究科に進学する際の試験は理論経済学で受験しています。つまり、学部程度の知識は持ち合わせてはいます。もちろん、昭和の時代の話ですので、随分とさび付いてはいますが、テレビに登場する評論家たちの出鱈目を看破する程度の基礎知識は持ち合わせているつもりです。

この国の安全保障が大きな変革を迎えようとしているとき、経済に関する議論を避けて通ることはできませんので、今回は新たな安全保障態勢を支える経済について若干の説明をさせて頂きます。

専門外の領域ですので、専門的な議論に深入りせず、経済学の一般的議論レベルで検討し、経済学に馴染みのない方にもご理解頂けるよう努めます。

問題はどこにあるのか

この元凶は財務省が唱える健全財政主義と池上彰氏を筆頭にメディアで主張される国債の将来の世代への負担増大理論です。

対GDP比2%への増額に際し、景気が良くて国家予算が倍増しているわけではないので、どこかに財源を求めなければなりません。

この予算を実施に移すためには、毎年度およそ4兆円の追加の財源が必要になり、およそ4分の3は歳出改革や年度内に使われなかった「剰余金」の活用、それに国有資産の売却など、税金以外の収入を活用する「防衛力強化資金」の創設などで賄うとされています。

問題は残りの1兆円ですが、法人税の増額により7000億円程度、たばこ税の増税で2000億円程度、さらに、東日本大震災の復興予算にあてるための復興特別租特税から2000億円程度を活用するということです。

自民党の税制調査会における議論では、復興特別税に手を付けるのはいかがなものかという議論があり、「国を守る気概を国民で共有するため税で対応すべきだ」という議論もあったようです。

ただ、この政権は少子化対策にも異次元の政策で臨むと宣言していますので、そちらの財源も考えなければなりません。4兆円の支出増に対応するために復興特別税にまで手を付けなければならないくらいですから、少子化対策まで手を伸ばすためには、別の増税も考えることになるのでしょう。この政権は国債発行を考慮していないようですから。

岸田首相は防衛費の増額には安定的な財源が不可欠であるが、国債は将来世代への負担の先送りであり、絶対に避けなければならないという信念の持ち主だそうです。完全に財務省のマインドコントロール下にあるようです。

当コラムが掟破りともいえる専門外の領域に言及しようとしている理由がここにあります。

岸田首相のこの論理がまかり通ると、防衛費のお陰で護るべき国が潰れるという笑うに笑えない状況に陥るからです。

増税の問題点

財源として国債を発行しないのであれば増税によらざるを得ないのですが、増税をするとなれば、法人税、所得税、消費税のどれかということになります。このうち法人税はすでに7000億円程度の財源とすることとされていますので、所得税か消費税に手を付けることになります。

この二つの税の税率を上げるというのは、G7で最低の経済成長率であるこの国の経済にとどめを刺すことになります。所得税率のアップは個人の可処分所得を縮小させ、消費税率のアップは消費そのものを冷え込ませますので、それは法人税収の目減りに直結します。

我が国の経済状況をまともに考えれば、むしろ減税すべき状況であることは自明です。

新しい資本主義が成長と分配の好循環を目指すのであれば、成長にも分配にも水を注すこれらの増税に踏み切るのは正気の沙汰ではありません。

もともと消費税という税は財源とする税ではありません。

景気が過熱してインフレが進み過ぎたら増税して水を差し、景気が低迷したら減税して刺激を与えるという調整を行うための税です。

これを財源と勘違いしたのは東日本大震災時の民主党政権です。

あれだけ痛めつけられた後に、復興に必要な財源を作るために3%の税率を5%に増税してしまいました。バブル崩壊から何とか立ち直ろうとしていた日本経済にとどめを刺したのです。

国債の発行は・・・

一方の国債の発行ですが、これは財務省が掲げるプライマリーバランスの黒字化目標に反するのですが、そもそもプライマリーバランスを黒字化することの利益がどこにあるのか筆者にはまったく理解できません。

コロナ禍がこの国を襲った2020年、緊急事態宣言下においても当時の麻生財務大臣は2025年のプライマリーバランス黒字化目標に変わりはないと明言しています。プライマリーバランスのためなら国民がコロナで死んでいくのは構わないということです。

財務省はこれを財政健全化目標と呼んでいますが、これほど不健全な財政はありません。

池上彰氏などは、国債発行というのは子や孫の時代に借金を残すと主張するのですが、借金で大変なのは利息を払わなければならないからです。この点、日本銀行が保有している国債については利息を払っても日銀の収益は自動的に国庫に戻りますので払っていないのと同様であり、民間が保有している国債の利払いは、政府保有の資産から生まれる利息で支払えているので問題はありません。

国債の償還期にどうするかという問題ですが、新たな国債を発行してその償還にあてればよいのでこちらにも問題はありません。これは一般の人々もよくやっている手法です。ローンの組み換えですね。

簡単に言うと

これを簡単に説明しましょう。

例えば、1兆円の国債を発行します。

これを民間金融機関が預金者から預かったお金を運用して購入します。

その国債を日銀が逐次買い取っていきます。お札を刷ればいくらでも買えます。

日銀が買った分の国債については利払いが生じません。(利息はすぐに国庫に戻されるからです。)

市中銀行や国民の手元にある国債の利子が、政府資産の運用によって生まれた利益から支払われます。

日本が借金大国だと主張する人たちは、国債発行による負債しか見ていないのですが、筆者のような経営学科出身者は貸借対照表で考えますので、資産の部に大きな政府資産が計上されているのを知っていますから、日本が借金大国ではないことを知っています。

この貸借対照表は財務省がウェブサイトで公表しているのに、何故誰も指摘しないのか不思議で仕方ありません。池上氏もこの表を見ていないのでしょう。

償還期が到来した国債の日銀保有分については新たな国債に組み替えます。

市中にある償還期の来た国債については日銀がお金を刷って償還するか、あるいは新たな国債を発行して渡します。

この間、国は1兆円の資金を使っていろいろな事業を行います。

池上氏の主張する子や孫の代への借金ですが、子供の代にも孫の代にもその返済は求められていません。もしこの利払いや償還が増税によって行われるのであれば確かに借金を残すことになりますが、国債に関してそのようなオペレーションは行われていないので、孫子の代の人々は1兆円によって行われた事業の恩恵を享受しますが、特にその借金の返済に苦しむことはありません。

そのようにして私たちの世代は、昭和30年代に行われた公共事業等の恩恵の下で暮らしてきました。東名高速道路、新幹線、首都高速道路などです。

この度の防衛費増額についても、受益者は今の世代ではありません。防衛費は増額になってもすぐに我が国の防衛が強化されるわけではありません。戦力化されるのに何年もかかります。

新型艦の構想策定には10年の歳月が必要であり、設計に5年が必要になります。さらに建造に5年を要するため、例えばイージス艦は構想が作られ始めて就役するまでに20年を要しています。そして、それを戦力化するのも5年ほどの歳月が必要でした。単に同型艦を作るだけでも5年かかるのです。

戦闘機も同様に長い期間が必要です。先ごろ英国、イタリアと共同開発することになった次期戦闘機は2030年代半ばに配備予定です。つまり10年以上かかるのです。

継戦能力向上のための弾薬類の備蓄にしても、ラインを作り直して増産が始り、製品となって納入されるまでに数年を要します。

これらの防衛予算の増額がしっかりと機能し始めるは少なくとも10年先であり、この国の独立と平和が脅かされることから免れるのは、それ以降の世代です。

管理通貨制度が理解されていない

池上氏が理解していないのは管理通貨制度です。彼は現在は金本位制度ではないので国債や株と見合った量の紙幣しか作ることができないと番組で説明しているのですが、この認識は誤りです。

日本銀行は、日本銀行の負債に計上されている通貨(日本銀行券、日銀当座預金)の発行量を、日本銀行の資産に計上されている主として国債とバランスさせて調整しているのであり、池上氏は国債の発行量は金や銀の保有量と性格が異なることを理解していません。

金や銀は買ってこないと保有できませんが、国債は政府が発行することができるのです。

ただ、無制限に国債を発行して、そのために紙幣を増刷しているとハイパーインフレに陥るので、金融政策としてインフレ率を見ているのです。それが管理通貨制度です。

そのインフレ率も2%が目標だと勘違いしていますが、2%は目標値ではなく、2%くらいが適当だと経験値から判断しているに過ぎません。なぜ2%が妥当なのかという理屈も簡単に説明できますが、長くなるのでまたの機会に譲りますが、ザックリと説明すると、フィリップス曲線という失業率と物価水準の関係を示すグラフを書くとインフレ率2%くらいの時が失業率が最低になり、それ以上いくらインフレ率を高くしても失業率に影響を与えないことが分かっているからです。

今回は、防衛費増額を増税で賄うのは誤りであり、国債発行が子や孫の代に借金を残すわけではないということをご理解頂ければ幸いです。

次の世代に大国の野望に怯える我が国を残したくなければ、一刻も早く防衛力の強化に踏み出さなければなりませんし、増税によってそれを行えば、国滅びて自衛隊だけが残るという馬鹿げた事態になってしまいます。

これは自衛隊の望むところではありません。その証拠に海上自衛隊の呉地方総監が記者会見で、2%への増額を手放しで喜べないと述べています。彼は経済的に疲弊している日本には社会保障など他にもやらねばならぬことが多々あるはずだと述べたのです。

国が栄えて、しかし他国の侵略にも怯えずに済むためには、国債による防衛関係予算増額しかないのです。

今回はここで筆を置き、次回再度問題点を深堀してまいります。