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専門コラム「指揮官の決断」

第352回 

安全保障の議論の経済的側面 その2

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説明不足でしたか

前回の安全保障関連予算の対GDP2%への増額分を増税で賄おうとすることが誤りであるとの議論の続きです。

前回の掲載以降、反省していることがあります。

前回のコラム掲載後、「お前の説明はわかりにくい。国債が償還期を迎えたら国は国債を保有している人々に金を支払わなければならず、国債を売った金を使い果たしてしまったらどうやって返すんだ?しかも利子もつけて払わなければならないんだぞ。お前はその時は国債を新たに発行して渡せばいいと安直なことを言うが、借金が増えていくだけじゃないか。」というご意見を頂きました。

多分、筆者の説明が拙く、この国の金融経済の仕組みをしっかりと説明できなかったことが原因かと反省しています。

面倒な議論を難しく説明するのは簡単です。難解な概念や専門用語を振り回して反論を封殺すれば済むからです。しかし、ややこしい理屈をわかりやすく説明するのは、本当に理解していないとできません。

筆者が大学在学中、産業社会学の尾高邦夫先生の講義を受講したことがあります。拍子抜けするほど易しい授業で、この年に同時に受講していた理論経済学のミクロの講義の難関さと比べると100対1くらいの難易度だと感じていました。 (微視経済理論の講義は20人が登録して年度末の試験を受けたのは4人でした。筆者は同日に実施される他の2つの試験を捨ててこのミクロ経済学に挑戦し、やっと単位を認定されました。成績はCでした。)

実は筆者は学部で聴いた尾高教授の産業社会学の凄さをまったく理解していなかったようで、海上自衛隊に入隊後、幹部中級課程という1等海尉になって2~3年後に入校する課程の学生の時に大学時代のノートを見直していて、その凄さに気付いた始末でした。

最先端の怖ろしく高度な内容がきわめて易しく解説されていたため、その内容がとんでもない内容であることに気付かなかったのです。

金融論の基礎をそのように解説する能力が筆者にはないので、前回はややこしい説明になったかもしれません。

今回はその反省をもとに、防衛問題の経済的側面に関し、別の角度から解説を試みます。

やはりちょっと面倒な話が出てきますが、ご辛抱ください。

国債の将来世代への負担論の誤り

この問題の根本は、財務省や池上彰氏が主張する国債の発行が将来世代への負担を増大させるという議論が誤りであることにあります。

したがって本稿は、なぜそれば誤りなのかを説明できなければなりません。

まず、問題は安全保障関連予算の増加が将来世代の負担増になるのかどうかを検討します。

経済学で負担増というのは、効用の減少という意味です。負担しても効用がそれなりに増えれば負担増とは言いません。負担しているにも関わらず効用が減少すれば負担増ということになります。

具体的には、一定の所得を得ている家計が、所得が増えないのにその支出を減らして、支出から得られるであろう効用が減少せざるを得なくなっていれば負担増ということが言えます。旅行が趣味の夫婦が、一定の支出により毎年いろいろなところに旅行していたのが、支出額を減らさざるを得なくなり、旅行から得られる楽しみの総計が小さくなったというような場合です。

この件に関し、増税で賄う場合と国債発行によって賄う場合のそれぞれを比較してみます。

国債発行によって将来世代が増税によるよりも効用が小さくなるのであれば、国債発行が増税よりも将来世代へつけを残すことになると言う議論が正しいことになります。

どのような場合に将来世代の効用が減少するかと言うと、金利が上昇する場合です。

分かりやすく説明すると、将来的に住む家を買うのに資金の不足分をローンで賄った場合、不足分の金額として借りた分だけを返せばいいのであれば、負担増とは言いません。むしろ、本来は持っていなかった資金によって自分の家を建てることができたので、効用は大きくなっています。

金利は支払わなければならないのですが、ローンを組む際に金利を検討して、その金利を支払ってでも自分の家を手に入れることの効用が大きいと判断するとローンの契約をすることになります。

しかし、この金利が当初予定していなかった大きさに膨らんでしまうと、効用が小さくなり、負担が残るということになります。

つまり、増税ではなく国債発行によって賄おうとする際、金利が上昇するならば将来世代は消費を小さくして対応する必要があり、その消費から得られる効用が小さくなってしまい、将来世代への借金の付け回しといわれる現象が生ずることになります。

それでは現実を観察してみましょうか。

アベノミクスが始まったのは2013年であり、国債残高が累積して池上彰氏が主張する借金大国になっているように見えますが、しかし金利は1.1%弱だったのが0.2%程度へ低下しています。

これは日銀が量的・質的金融緩和政策により名目金利の上昇を強力に抑え込んできたからです。

実は日本で国債の金利が上昇しない理由にはもう一つ大きなものがあります。

ちょっと面倒な理屈ですが、ちょっとお付き合いください。

国債の発行に際し、民間の貯蓄がその発行高に見合う程度増えていかないと金利が上昇します。政府の資金需要の方が民間の資金供給を上回るからです。ところが日本ではここ20年間、財やサービスに対する需要が小さくデフレ状況が続く一方、国債に対する需要が大きく、国債の名目金利が大きくならないまま国債が受け取られています。

このように政府の国債発行に際して消費を控えて貯蓄を増やして国債を購入するという行動を「リカーディアン的行動」と呼びます。これは古典派経済学者リカードが明らかにしたものですが、日本ではそのような傾向が強く現れます。

この結果日本では金利が上がらなかったので、世界では金利の高い米国債券に資金が集まりすぎ、その高金利の支払いに耐えられなかった米国銀行が破綻するという騒ぎになりました。

日銀の低金利政策のために円を売って米ドルを買う大きなトレンドができて円安が大きな騒ぎとなりましたが、これも同じ背景を持っています。

この国は本当に借金大国なのか

ちなみに、「池上彰氏の主張するように借金大国になっているように見える」という表現をしているのには理由があります。確かに日本は1100兆円に迫る国債残高を抱えていますが、一方で1500兆円近い資産を持っています。しかもその政府所有の資産から毎年大きな収益を得ています。それらは特別会計として処理されるため一般会計予算に出てこないので、一見して借金の返済に苦しんでいるかのように見えてしまいます。国の経済をまったく理解していないとそのように理解してしまうのは仕方ありません。財務省のウェブサイトにはその貸借対照表が掲載されているのに、それを見ていないか、あるいは見ても理解できないかだからです。

ただし、そのような理解しかできない人物がテレビで番組を持つのは間違いです。

大学で経済学を学んだ方はバランスシートの見方を学ばないので仕方ないのですが、筆者は経営学科だったので、企業の財務状況を見るためには貸借対照表を見なければならないことを常識的に教え込まれていますから、当然のように財務省のバランスシートは見ています。しかし、池上さんはその見方を知らないようです。

負担の恩恵を受ける世代は

今年防衛予算を増額することにより、日本の防衛がその増額分だけ強化されていくのは来年ではありません。

これについては前回述べていますが、防衛力の増強は一朝にしてできるのではなく、新たな護衛艦であれば構想から戦力化まで20年を要し、戦闘機も10年以上の歳月が必要ですし、人的資源に関してみれば伝統や風土に根ざす精強な部隊の錬成には数十年の歳月が必要です。

つまり、現在の防衛力増強のための負担の恩恵を得るのは将来世代です。

現在の世代はそのようにして昭和30年代に構築されてきた交通システムから大きな恩恵を得ています。東名高速道路、首都高速道路、新幹線などです。

私たちが新幹線を利用する際に、前の世代の人たちから借金を背負わされていると考えるでしょうか。

つまり、国債発行が将来の世代に借金を背負わせることになるというのは大ウソなのです。

国債発行で国が貧乏になるわけではない

国債は発行すると数十年後には償還期を迎えます。

発行した際に得た現金は使ってしまっていますので、別の手段で返還に充てなければなりません。

国債が将来世代への借金を増やすと考えている人々は、その償還に要する費用を税収を増やすことにより賄っていると考えている人々です。

ところが独自通貨を持っている国には通貨発行権がありますので、償還に必要なお金は刷ることによっていくらでも作ることができます。

厳密に言うと「刷る」必要もありません。銀行の通帳に金額を書き込むだけでいいからです。実際にお札が必要になるのは、預金者がATMで現金を下ろす時だけですから、実際に市中でやり取りされている金額の数万分の一のお札があれば済んでしまいます。皆様もマンションを買うのに数千万円分の札を準備すことはしないはずです。

とにかくそのようにして通貨を発行して償還したり、あるいは更に国債を発行して、その交換に応じてもらうなりすれば済むことです。

そんなことをして新たな通貨を刷ったりするとハイパーインフレになると批判する人もいますが、過去数十年以上、上記の手段を使ってきた日本で2%のインフレすら達成できないのに、ハイパーインフレなど起きるはずはありません。

これは飢え死にしそうな人が道に倒れているにも関わらず、何かを食べさせたりすると肥満になるからやめろと言っているようなものです。

確かに理論的にハイパーインフレの恐れがまったくないかというとそうも言えません。

江戸時代ですが、幕府が財政難になり小判の金の含有量を減らしたことがあります。その結果大阪から米相場の暴騰が起き、大変なことになったことがあります。

ハイパーインフレの危険を指摘する池上彰さんたちの頭は、この江戸時代から進歩していません。彼は現代の管理通貨制度を理解していませんからそう考えるのでしょう。

彼が管理通貨制度をまったく理解していないということには証拠があります。

彼は日本は金本位制度ではないので国債や株と見合った量の紙幣しか作ることができないと番組で説明しています。それが証拠です。

日本銀行がどのようなオペレーションを行っているのかを全く理解していないことの証左です。

日本銀行は、日本銀行の負債に計上されている通貨(日本銀行券、日銀当座預金)の発行量を、日本銀行の資産に計上されている主として国債とバランスさせて調整しているにすぎません。この際、貨幣の流通速度k(スモールkと呼んでいます。)などを観測して、通貨の流通量を見ています。それが管理通貨制度なのであり、小判の金の含有量を問題とする江戸時代の話ではありません。

増税の効果は

一方で、国債発行によらず増税で賄おうとすると何が起きるのかを検討します。

増税は現在の人々の効用を減少させます。可処分所得が減るからです。

この結果消費が冷え込んでいきます。

消費が冷え込むとモノを作っても売れないので企業は投資を行わなくなります。

消費者の需要だけでなく、企業の需要も小さくなって、企業向けの投資も行われなくなります。

その結果、企業の収益が下がり、従業員の賃金水準も低下していきます。

このことがさらに消費者の需要を押し下げるという悪循環を生み、企業の収益が悪化していく結果、所得税及び法人税収が落ち込んでいきます。

消費が行われないので消費税収も下がっていきます。

その結果、税率はいくら上がっても、法人の収益、個人の所得、全体の消費自体が落ち込んでいくので、そこから得られる税収自体は縮小されていきます。

当然のことながらGDPもさらに伸びが抑えられ、防衛関連予算を増額したために守るべき国自体が潰れていくという笑えない状況が生ずるのです。

そのような社会が将来世代に送り継がれていくのですが、こちらのほうがはるかに酷い将来世代への負担申し送りなのではないでしょうか。

この際行うべきは増税ではなく減税です。

減税を行った初年度から数年間は税収減となるでしょうが、家計の可処分所得が大きくなり、消費が活発化することにより企業の収益が大きくなり、従業員の賃金が上昇します。その結果、税率は小さくなっていても、所得や消費が大きくなるので、結果的に所得税収や消費税収の総額は大きくなります。

最初の数年の税収減は国債発行によって耐えれば国民へのサービスの質も低下させずに済みます。

まともなマクロ経済学者はそのように主張しているのですが、岸田首相と財務省はそれが理解できないようです。なぜ彼らがこの簡単な理屈を理解できないのかが筆者に理解できません。

プライマリーバランスを黒字にすると誰が得をするのかが分かれば、彼らがだれの利益を代表しているのかが分かるのですが、筆者にはその受益者が誰なのかもわかりません。

結論

結論を申し上げます。

安全保障関連予算の増額不足分を増税によって賄うことの方が将来世代への負担の付け回しであり、国債発行により増額分を賄うことしか方法がありません。

実は安全保障関連予算に関してはもっと大きな根本的問題があるのですが、それは次回以降のテーマとさせていただきます。

今回は国債の発行が将来世代への負担増になるという議論が誤りであることをご理解いただければ目的を達したことになります。