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専門コラム「指揮官の決断」

第361回 

危機管理における意思決定の問題

カテゴリ:危機管理論入門

意思決定問題に入ります

危機管理の入門的議論を続けます。

これまで3回に渡って、プロトコールの問題について語ってきました。

組織は外部から信頼される組織でなければ、いろいろな努力が無駄になるばかりでなく、外部から信頼される組織は危機管理上の事態を回避することすら可能になるということをご理解頂けているものと拝察します。

弊社では危機管理の三本柱として、意思決定、リーダーシップ、プロトコールを上げておりますが、今回は意思決定の問題を取り上げます。

危機管理上の事態における意思決定の特徴

危機管理上の事態における意思決定には特徴があります。

まず、情報に頼ることが出来ないこと、そして最初の一手を誤ることが許されないことです。

まず最初の、情報に頼ることが出来ないという特徴について解説していきます。

情報を制する者は戦いを制すると言われるほど、情報は重要なものです。

しかし、危機管理上の事態、たとえば最前線の部隊が敵の奇襲攻撃を受けているとか、離れ小島の火山が大噴火を起こしたとか、地方都市が激震に見舞われたとかの場合には、それらの部隊や自治体からの情報が済々と上がってくることはありません。

皆さんが当事者だったらどうだとお考え下さい。

自分が最前線の砦にいて、敵の奇襲攻撃を受けたとしたら・・・

態勢を立て直して奇襲に対応するのが精一杯でしょう。

とても現状を整理して報告などしている余裕はありません。

できるとすれば、救援要請を送る程度でしょう。

救援要請を送ることが出来るうちはまだいいのです。

最初の一撃で全滅していればそれも叶いません。

危機管理上の事態における情報の特徴

このような場合、現場から上がってくる情報は、断片的で、前後の脈絡なく、バイアスがかかっているおそれもあります。

危機管理に臨むトップは、その情報で現場で何が起きているのかを見極め、適切に対処しなければならないのです。

1995年1月17日、阪神淡路大震災が生起し、急ぎ官邸に出てきた石原信雄官房副長官は、記者団の質問に答えて、現地から情報が上がってこないことに苛立ちを見せ、「いずれにせよ、災害対策基本法適用の事態であることは間違いない。」と述べました。

筆者はこの時、海上自衛隊幹部学校の指揮幕僚課程学生で、出勤前に神戸で大きな地震があったことを知っていたので、学校に着くと、学生控室のテレビを観ていました。

そこへ石原官房副長官のコメントが流れて来たのを観て、筆者たちは指揮幕僚課程学生としては当然の反応を示しました。

「情報がないのは当たり前だろう。しかし、対応する際に、根拠となる法律が何かをまず考えるのは、さすが役人だ。」

東日本大震災では、時の首相菅直人氏が官邸でイライラしながら東京電力からの報告を待っていました。

現場からの報告が断片的で、前後の脈絡がないのにイライラした首相は、ついには「自分が見てくる。」と言って現場にヘリで飛んで行ってしまいました。

現場指揮官である東京電力の吉田所長は、首相の来訪により、素人への説明をしなければならなくなりました。

危機管理上の事態においては、先に述べたように断片的で、前後の脈絡のない、バイアスのかかった情報が上がってくるのが常です。

無能な指揮官は、その情報にイライラして、もっと情報を上げるように命令します。

そして、断片的で前後の脈絡のない情報が集まって、ようやくつじつまが合ってきた頃、事態はもっと先に行ってしまい、現状を説明できないものになってしまっています。

その時点で無能な指揮官は、自分がまともな決断ができないのは情報がないためだと考え、さらに情報を要求するようになります。

実は、この無能な指揮官は情報が不足しているのではなく、溢れる情報のために消化不良を起こしているだけなのですが、それに気づかないのです。

有能なトップは情報を待たない

有能な指揮官は、情報をのんびり待つようなことはしません。

東日本大震災において、海上自衛隊の自衛艦隊司令官倉本海将が「可動全艦は直ちに出航せよ。」と命令を出したのは、発災後6分後です。

彼は司令官執務室で揺れを感じ、いつもと違う異様な揺れ方であると感じるや担当幕僚を呼び、震源地の報告を求めました。

担当幕僚から三陸沖が震源地であるとの報告を受けるや、上述の命令を発したのです。

東北の被害の情報が入っていないどころか、まだ津波は到達していません。

しかし、三陸沖を震源としている地震で横須賀の自衛艦隊司令部があの揺れ方をしたというだけで、海上自衛隊創設以来最大の災害派遣になることを予想し、まだ被災地がどこなのかも分からない時点で、「とにかく出航して北に向かえ。」という指示を出したのです。

5W1Hが重要なのではない

新入社員向けの社員教育のセミナーを請け負っているセミナー講師などの話を聞いていると、「ホウレンソウ」などと相変わらずやっているようです。

そして、報告における5W1Hの重要性などに言及するのが常です。最近では5W2Hや5W3Hなどというものもあったり、中には「単なる報告ではなく、自分なりの対応方針なども付け加えると評価される。」などとのたまう講師もいます。

たしかに、若い社員を鍛えるにはいいのですが、上司が5W1Hや新入社員の所見などを待っていると考えるのであれば大間違いです。

このセミナーを聴いていて、いつも思うのは、「セミナー講師というのは現場を知らないな。」ということです。

5W1Hが無いと判断できない上司は無能な上司で、5W1Hがあってもろくな判断はできません。

特に危機管理上の事態における報告などは、5W1Hが揃うのを待って報告していると、対応に致命的な遅れを生ずる恐れがあります。何かが起きたということだけ構わないのです。

1941年12月8日(日本時間)、現地で午前8時ころ、ハワイのオアフ島真珠湾で日本海軍の奇襲を受けた米海軍太平洋艦隊のある部隊が最初に発した電報は有名です。

“ Air raid, Pearl Harbor this is no drill. 空襲、真珠湾、演習に非ず “ です。

5W1Hは揃っていません。何が起きたのかしか言っていません。

しかし、この電報で米海軍の首脳部や世界中の米海軍は何が起きたかを理解しました。

この当時、ハワイを空襲して戻ることのできる長距離爆撃は存在していませんでした。ということは、航空母艦から発艦してきた攻撃機が攻撃しているということになります。太平洋で空母機動部隊を運用しているのは米海軍と日本海軍だけなので、米国は日本海軍の奇襲であることを理解しました。

また、空母機動部隊がいるということは、攻撃機は空母に戻って燃料と爆弾や魚雷を搭載しなおして再度攻撃に来るおそれもあり、さらには陸軍の上陸部隊も随伴している可能性もあるということが推測されます。

これを受けた太平洋にいた米海軍は、日本海軍の攻撃が迫っているかもしれないという警鐘として受け取りました。

太平洋艦隊から発進された短い電報は、見事にその役目を果たしたのです。

このような電報を受け取って、その意味を理解しない無能な者には危機管理のリーダーは務まりません。

危機管理上の事態における情報はTPO次第

電報では有名な電報がもう一通あります。

日露戦争において、対馬沖でロシア海軍バルチック艦隊を待ち受けていた日本海軍の連合艦隊が、バルチック艦隊発見の報を受けて出撃する際に、大本営に向けて出撃を報告した電報です。

「敵艦見ユトノ警報ニ接シ、連合艦隊ハ直チニ出撃 之ヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレド波高シ。」という有名な電報です。

これは連合艦隊を挙げて出撃し、必勝を期すという覚悟を述べています。当時、「撃滅」というような言葉を使うことを嫌うセンスが軍人にはありました。太平洋戦争の頃になると、そのセンスが失われ、過激な言葉に自分で酔うということになっていったのですが、明治の軍人たちはまともなセンスを持っていたようです。

その後の天気はいいが波が高いというのは、一見すると無駄な一文に思われ、軍事電報は簡潔を旨とすべしとして批判されることもあります。

しかしこの電報は、それまでの海戦で濃霧のため敵を逃してきたことがたびたびあったため、今回はその惧れがないということを伝えています。また、波が高いということは、遥かヨーロッパから回航してきたバルチック艦隊に比べて、日本海で月月火水木金金の訓練をしてきた日本海軍の射撃が有利であるということを伝えていると言われています。波が高いと船が動揺するため、ジャイロがなかった時代の射撃では命中率が下がるからです。

いずれにせよ、報告は5W1Hではなく、相手に必要な内容が伝わることが大切です。つまり大切なのはTPOであり、紋切り型の5W1Hではありません。

5W1Hを普段から強調しすぎると、緊急事態の情報が少ない時に、5W1Hが揃うまで報告が上がらないという悪循環を生みます。

筆者が、セミナー講師などは現場を知らないなと思うのはそういう理由があります。