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専門コラム「指揮官の決断」

第362回 

利敵行為

カテゴリ:

OwnGoal

物騒な表題ですが、我慢してお付き合いください。

競争の戦略において、それは軍隊の作戦でも、商圏を争うビジネスの世界でも同様なのですが、いかに綿密に戦略策定を行い、準備し、全員が覚悟を改めて臨もうとも、利敵行為を働く者が一人でもいると、それらの努力はまったく無駄になってしまいます。

利敵行為と一言で言っても、いろいろなものがあろうと思います。

意図的な利敵行為は、スパイだったりしますし、戦国時代などでは「調略」という言葉が使われ、戦いを有利にするためによく行われていました。

ラグビーやバスケット、バレーなどではほとんど起こらないのですが、サッカーではよくown goalということが起きます。

これはゴール前の接戦で、必死になって防戦している選手のミスで起きてしまうものなので、利敵行為と呼ぶのには躊躇を覚えますが、しかし結果的にそうなってしまっています。

いずれにせよ、関係者の必死の努力などを水疱と化してしまう残念な行為です。

 

救いがたい奴

そろそろ筆者が何を言おうとしているのかにお気づきになった方も多いかとは思いますが、そうです、8月31日の閣議のぶら下がりで、東京電力福島第1原子力発電所の処理水を「汚染水」と発言した野村哲郎農林水産大臣の言葉は、まさにその利敵行為だということです。

当コラムでは、この問題の背景には現政権が信頼されていないという問題があることを指摘しています。(専門コラム「指揮官の決断」第360回 危機管理の実践のために その3 https://aegis-cms.co.jp/3083 )

全漁連がいまだに処理水の海洋放出に反対の立場を変えていないのは、処理水の成分に対する科学的な信頼を問題としているのではありません。彼らにはすでに十分な説明が行われており、全漁連もIAEAの査察などの結果を説明され、そこには納得をしていますが、それでも風評被害を避けられないでしょ、と反対しているにすぎません。

政府がその風評被害対策に万全を期すといくら述べても、彼らも政権を信頼していないので、賛成の立場に回れないのです。

岸田首相が「漁業者の皆さまが安心して生業を継続できるように、必要な対策を取り続けることを、例え今後数十年の長期にわたろうとも、全責任をもって対応することをお約束いたします。」と全漁連の代表に述べたのが8月21日です。それが8月31日には、そもそも漁業を担当している農水相から風評被害を助長する発言が平気で飛び出したのです。

しかも、岸田首相に怒られて謝罪会見を翌日行いながら、記者から“紙を読んで謝罪している”と指摘されると、笑いながら「顔を上げて言えばよろしかったでしょうけど、私は時々口が滑ってしまう恐れがあるので。こうして間違わないように、昨日は読ませていただいた」と釈明する始末です。

口が滑るというのは、思わず本音を漏らすことを言うのであって、彼が福島原発から放出される液体をどう理解しているのかが分かります。

この救いがたい政治家を更迭もできない現政権も人がいないのでしょう。あるいは、首相にしてみれば、批判が農水相に向かっているだけいいと思っているのかもしれません。

処理水と言おうが汚染水と言おうが、学術的な明確な定義があるわけでもなく、福島第一原子力発電所において発生した放射性物質が含まれる汚染水を、多核種除去設備などを使用して、トリチウムや炭素14を除く62種類の放射性物質を国の規制基準以下まで浄化処理した水で、除去できないトリチウムについては、海水で希釈して日本の安全基準の40分の1、WHOが定める飲料水のガイドラインの7分の1にしたものですが、なぜこの時期に「汚染水」という表現を使ったのか、理解に苦しみます。つい口が滑るというレベルの認識しかできない農水大臣では話になりません。

他の大臣でも閣僚なら許せませんが、よりによって農林水産大臣で口にしてはならない一言があるとすれば、「汚染水」です。

それすら理解できない政治家はその地位にとどまるべきではありません。

かつて、日本にも名誉が命よりも大切だった時代がありました。政治家にはその程度の自覚をもって欲しいと思います。

中国の反応を想定できなかったのか?

この問題に対する中国の反応も異常ですが、しかし、それは予想されたことでしょう。

現首相は自民党総裁選に際し、「危機管理の要諦は、最悪の事態を想定し、それに備えること。」と断言しましたが、想定すらしなかったようで、自分には危機管理ができないと公言しているに等しいかと考えます。(尤も、当コラムをお読みいただいている皆様は、最悪の事態を想定してそれに備えるのが危機管理だなどとお考えではないと拝察いたしますが。)

解決策の提案

この問題を解決する方法があると思っています。

まず、処理水をペットボトルに詰めます。

霞が関の官庁街の自動販売機のペットボトルは、すべてその処理水を入れたものに代えます。

霞が関の役人、国会、自民党で消費されるペットボトルはすべてその処理水とします。

政府では福島県の漁業者救済のため、同水域で獲れた魚を自衛隊員に食べさせるということも考えているようですが、それより先にやるべきことがあるはずです。

国民は自衛隊員が食べているから大丈夫だなどとは考えないはずですが、政治家たちが処理水を飲み始めたら少しは信じる気になるかもしれません。

首相と西村経産省大臣が昼食に福島で獲れたヒラメなどを「美味しい」などと言いながら食べている様子がニュースで流されましたが、筆者の正直な感想は、「昼食にヒラメの刺身を食べるなんていい身分だね。ところで、それが福島産だとどうやって証明するんだろう。」というものでしかありませんでした。

さらに、処分費用は若干かさみますが、全部とは言わず、10分の1でも50分の1でもいいから東京湾に放出すればいいかと思います。

福島原発の受益者が誰だったのかということを考えた場合、福島の苦しみを東京湾沿岸で分かち合うことが必要かと考えます。

野放しにすると危険

いずれにせよ、この時期に中国の発言を勢い付かせるような利敵行為を平然とやってのける政治家など許してはならないと考えます。

当コラムは危機管理の専門コラムであり、政治評論などは専門外ですし、基本的に触れたくもないのですが、資質を甲斐が政治家が閣僚としてとどまっていること自体が危機を呼びかねませんのであえてテーマとしました。