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専門コラム「指揮官の決断」

第368回 

    危機管理を理解しないとどうなるか

カテゴリ:危機管理

危機管理とは

当コラムでうんざりするほど繰り返してきたことがあります。

「危機管理とリスクマネジメントは別物」「リスクマネジメントは危機管理ではない」

よくリスクマネジメントのコンサルタント自身が勘違いしているのですが、彼ら自身が危機管理の専門家であると思っているのも間違いです。

ただ、注意して頂きたいのは、「リスクマネジメントは危機管理ではない」と言っているのは、「リスクマネジメントは不要だ」と言っているのではないということです。

リスクマネジメントは非常に重要です。ただ、危機管理ではないと言っているにすぎません。

この違いが現実にどう現れるかをご説明いたしましょう。

危機管理を理解しない政権

現内閣総理大臣岸田文雄氏は、自民党総裁選に臨み、「危機管理の要諦は、最悪の事態を想定し、それに備えること。」と述べていました。

当コラムは「この男は危機管理を理解していない。」と断じています。

危機管理は想定して備えるのではなく、想定外の事態に対応するマネジメントであり、想定してしっかりと備えるのがリスクマネジメントなのです。

岸田首相はリスクマネジメントの本質と危機管理の本質を理解していません。

そういう男が一国の首相を務めているとどういうことになるか。

昨年の冬、新型コロナの陽性判定者数が連日20万人を超える事態になり、検査キットが足らずに検査すらできない事態が生じました。

10月、連日20万人の陽性判定者を出した騒ぎが落ち着いた後、岸田首相は、冬にまた感染者が増えるおそれがあるがどうするつもりかと記者から問われて、「12月の様子を見て判断するのが適切である。」と述べていました。

つまり、冬にどの程度の陽性判定者が出るのか想定することをせず、その時になって考えるということです。最悪の事態を想定すらしなかったのです。

その結果、検査キットが準備されず、検査すらできない状況が続きました。

この危機管理の本質を理解しないどころか、自分が危機管理の要諦だと思い込んでいるリスクマネジメントさえしない男が政権の座にいるとどうなるか。

事件の本質が理解できない

10月7日朝、ロケット攻撃で始まったハマスによるイスラエルに対するテロ行為を受けた首相は「昨日、ハマス等パレスチナ武装勢力が、ガザからイスラエルを攻撃しました。罪のない一般市民に多大な被害が出ており、我が国は、これを強く非難します。御遺族に対し哀悼の意を表し、負傷者の方々に心からお見舞い申し上げます。」とツイートしています。

G7各国がハマスのテロ行為を非難している時に、ハマス等パレスチナ武装勢力の攻撃という言い方です。

野外で音楽を楽しんでいた人々を含む1000人を超す民間人を殺戮し、100人を超す人々を拉致して人質とするというのは、歴史的にもまれに見る大規模なテロそのものです。

その挙句、11日にスラエルのネタニヤフ首相、パレスチナ自治政府のアッバス議長とそれぞれ電話会談を行う方向で調整に入ったと伝えられていますが、この電話会談が実施されたという報道はありません。多分、双方とも受け入れなかったのではないかと思われます。

なぜなら、岸田首相が双方に停戦を呼び掛けるつもりであると伝えられているからです。

G7各国首脳がいち早くハマスによるテロと断じているときに、ハマス等パレスチナ武装勢力による攻撃という表現をとったことが双方に「この男と話をする必要はない。」と思わせたのかもしれません。

「ハマス等パレスチナ武装勢力」という言い方については、いろいろな評価があるでしょう。いきなりテロリストと言ってしまうと、その後の判断の方向性が固まってしまうという懸念がないとは言えません。

しかし、その時点で入っていた情報からだけでも、ハマスの攻撃であることは明らかであり、等という言葉は不要です。たしかにガザにいる武装組織はハマスだけではありませんが、あえて言及しなければならないような勢力ではありません。

まして「パレスチナ武装勢力」という言葉を入れたのは明らかに不適切です。PLOがやった可能性を否定していないということになってしまうからであり、イスラエル対パレスチナという構図を連想させてしまいます。

ハマスとヨルダン川西岸のファタハはまったく別の組織であり、この事件をイスラエル対パレスチナの問題と理解すると本質を見誤ります。

また、停戦の呼びかけは戦争を前提としており、テロを前提としたものではありません。戦争なら双方に戦争当時国としての国際法上の交戦権が生じますが、テロ行為は単なる犯罪ですからそのような正当な権利を認める必要がありません。

百歩譲って戦争だとして交戦権を認めるとしても、この度のハマスの行為は交戦権の範囲を逸脱しています。乳児の頭部を切り落としたり、多くの女性に対して性的暴行を加えたあげく殺害するというのは戦争ではありません。

ハマスに対する呼びかけを行うのにアッバス議長と話をしても意味はありません。ハマスはアッバス議長の指揮下にあるわけではないので、交渉相手を間違っているのです。

ネタニヤフ首相にしても、全面的支持の電話なら受けるかもしれませんが、報復攻撃を自制せよという電話など聞きたくもないはずです。

つまり、岸田首相の「ハマス等パレスチナ武装勢力」という言い方はアッバス議長に受け入れられず、停戦の呼びかけはイスラエルに受け入れることが出来ないもののはずです。

やるべきことがあるだろう

そもそも、岸田首相はG7の議長国首相であるということを忘れています。G7としてどう対応するのかという視点が抜けています。

イスラエルに自重を求めるのであれば、米国にも求める必要があるでしょう。

米国は早々にウクライナ問題はドイツに押し付け、自分たちはイスラエル支援に向かう立場を明白にしています。

首相がやるべきはイスラエル、パレスチナ両者への電話会談ではなく、G7の緊急会合であったはずです。

さらに自衛隊機派遣の決定が遅く、ジブチでの待機に向けて出発した14日の夜にはイスラエルにいた邦人51名が韓国が派遣した輸送機で韓国まで避難してきたという始末です。

つまり、この事件を巡った日本国政府の対応はチグハグで遅れを取っているのですが、これが岸田首相がリスクマネジメントを危機管理だと勘違いしていることの結末です。

つまり、彼の想定に、ハマスによるイスラエル攻撃テロというシナリオがなかったのでしょう。最悪の事態の想定がなかったので、それに対する準備もなかったということです。

当コラムで何度も繰り返してきたことですが、リスクマネジメントは予想される事態の評価から始まります。

評価した結果が重大なモノであれば、それに対する対応策を検討しておくのがリスクマネジメントです。

したがって、評価していなかったモノへの対応はできません。

想定外の事態への対応をテーマとするのは、リスクマネジメントではなくクライシスマネジメントです。

筆者が、自民党総裁選において、この男には危機管理はできないと断じたのはこのためです。

実は筆者は、ハマスの攻撃に先立つ10月5日に駐日イスラエル大使ギラッド・コーヘン氏が出席された都内で開かれたある会合で、そのスピーチを聞いていました。

筆者は、その会合で短い発表をするために参加していたのですが、バックシートに座った筆者の眼の前のテーブル席に付いた大使はイスラエル人にしては小柄で陽気な方で、日本とイスラエルの国防上の問題点の共通点などに触れられ、連休明けには防衛省で大臣や統幕長と会談を行う予定と聞きました。

その翌々日の攻撃でしたから、多分それらの会談はキャンセルになったと思いますが、彼の日本国政府に対するもどかしい思いは理解できます。大使は12日になってようやく、イスラム原理主義組織ハマスによる攻撃を「テロ」だと非難した岡野正敬外務次官の11日の発言に対し「歴史の正しい側に立った」として謝意を表明しています。ただし、これは外務次官の発言に対して述べたのであり、日本国政府に対して述べたものではありません。彼がどのような文脈の中でどのような言葉を用いて言及したのか定かではありませんが、ひょっとすると、政府の高官の中にも、テロ扱いする役人がいるのか、という程度の話かもしれません。(筆者は報道を信じていないので、大使の発言そのものが確認できない時点で、報道を丸吞みなどするつもりはありません。

拙稿の立場

筆者は国際関係論の専門家ではありません。

海上自衛隊の幹部学校高級課程に入校すると、地域研究という課題が与えられ、極東、中東、ヨーロッパ、ロシアなど様々な地域における安全保障上の問題を専門的に研究することになります。

この間、大学の教授について勉強したり、ゼミに出席させてもらったりということを幹部学校が調整してくれるという素晴らしい待遇です。

高級課程は2等海佐として小さな部隊指揮官などを経験した者が選抜され、1等海佐以上の部隊指揮官を養成するための教育課程であり、そこで勉強しながら、1年後に提出する論文のテーマを決め、指導教授と議論しながら研究ができるのです。

大学の教員の方も、大学生や実務経験のない大学院生よりも教え甲斐があったり、一緒に飲みに行くと部隊での経験などを聞けるので面白がっているようです。

筆者も入校の命令が出たときに、1年間大学院に戻ったような環境で勉強できると張り切っていたのですが、着校するといきなり教育部長に呼び出され、「お前は地域研究ではなく、特別な課題を出すから、それについて研究せよ。何を研究するかは学校長のところに行って指示を受けよ。」と言われました。

学校長のもとに出頭すると、あるテーマを与えられ(ここでは申し上げられません。)、大学に指導してくれる教員などいるはずもなく、幹部学校に専門に研究している先輩の研究部員が一人いるだけという内容であり、大学でのアカデミックな1年間をあきらめ、幹部学校研究部での1年間を過ごしました。

したがって、この度のイスラエルでの事件についても、国際関係論の観点や軍事の観点からの論及は避け、危機管理論の立場から見るとどう見えるかという議論をしていくつもりです。