専門コラム「指揮官の決断」
第369回危機管理を理解しないとどうなるか その2
相手を間違えるな
前稿で、筆者は岸田首相にはG7の議長国としてどう対応するのかという視点がないことを指摘しました。
イスラエルがハマスの攻撃を受けた翌日の首相のツイートは次のようなものでした。
「昨日、ハマス等パレスチナ武装勢力が、ガザからイスラエルを攻撃しました。罪のない一般市民に多大な被害が出ており、我が国は、これを強く非難します。御遺族に対し哀悼の意を表し、負傷者の方々に心からお見舞い申し上げます。」
さらに「多くの方々が誘拐されたと報じられており、これを強く非難するとともに、早期解放を強く求めます。また、ガザ地区においても多数の死傷者がでていることを深刻に憂慮しており、全ての当事者に最大限の自制を求めます。」
この態度の結果、10月11日にイスラエルのネタニヤフ首相、パレスチナ自治政府のアッバス議長とそれぞれ電話会談を行う方向で調整に入ったものの、双方とも受け入れてもらえず、電話会談は行われませんでした。
イスラエルにとって自制は、反撃をやめることではなく、その方法を考えるだけであり、アッバス議長は相手違いだからです。
ハマスによるテロ攻撃に対して、パレスチナの代表に呼びかけるのは勘違いも甚だしいところです。これでは国民はイスラエル対パレスチナの事件と勘違いしてしまいます。
この結果、何が起きたか
10月22日、バイデン米大統領とカナダ、フランス、ドイツ、イタリア、英国の各首脳は、中東情勢に関するオンライン会議を開き、イスラエルに民間人保護を要請する共同声明を発表しました。その声明は、「イスラエルは、イスラム組織ハマスと戦闘を続けている。イスラエルの自衛権を支持する。しかし、国際人道法の順守を要請する」というものでした。
評論家の中には、このような共同声明に乗せられなかったことを評価する者もいます。
さらに、松野官房長官は23日の記者会見で、イスラエルとイスラム主義組織ハマスの軍事衝突を巡り、日本を除く先進7か国(G7)の6か国首脳が連携を確認する共同声明を発表したことについて「6か国は誘拐・行方不明者などの犠牲者が発生しているとされる国々だ」と指摘し、邦人被害が出ていない日本が加わらなかった背景を説明しています。
実際は、加わらなかったのではなく、オンライン会議に呼んでもらえなかったのでしょう。
最初のツイートで、ハマスのテロと断言せず、パレスチナ武装勢力と呼び、双方の自制を求めたからです。
つまり、国際的な舞台で現首相はまったく何の評価もされていないということです。
以前、ある会合で、G7などに必ず同行して首相の補佐を務めていた外務省の現役官僚から話を聞いたことがありますが、安倍元首相が発言を始めると他の6名の首脳は議論をやめて聞いていたということでした。また、議論が熱を帯びて行き詰ってきた時に、特にメルケルドイツ首相などから「シンゾーはどう思うの?」などと頼られていたということでした。議長国でありながら仲間外れにされる首相とは格が違うようです。
松野官房長官の談話も許しがたい無責任です。たしかにこれまで邦人が人質になっているとか、犠牲になったとかの情報はありません。しかし、ガザ地区には依然として日本からのボランティアや報道関係者が多数とどまっています。国際人道法の順守を要請すべき情勢です。
ただでさえ、日本は救援機の派出決定が遅く、イスラエルを脱出しようとする邦人を韓国が派遣した飛行機に乗せて帰ってもらう始末です。
ガザ地区でボランティア活動などに従事している人々の安全が気にならないのでしょうか。特に医療関係者などは、重症患者や保育器に入った乳児などを避難させることが出来ないので病院にとどまって死に物狂いの格闘を続けています。この人たちの安全に配慮することを要請もしないということが理解できません。
この声明は特別なことを言っているわけではありません。国家に自衛権があることは自明のことであり、そのうえで、国際人道法を守れと要求しているのであって、そんなことはG7として要求すべきであり、本来は今年の議長国である日本が主導を執るべきでした。
音楽祭に乱入して無差別に機関銃で発砲し、戦闘員ではない民間人を拉致していくというのは、どのような尺度で考えてもテロ行為であり、テロには断固たる態度で対決し、これを絶対に容認してはなりません。
尖閣有事を単独で戦うつもりか?
日本人の人質、犠牲者がいないから声明に加わらなかったというのは、極めて自己中心的な論理であり、さらに自国民にすら犠牲者が出かねない情勢を理解していないと思わざるを得ません。
外交センスも疑います。尖閣有事などが生じた場合、日本だけで対応せよと世界中から言われても仕方なくなるのです。尖閣有事など、世界から見れば、どうせ極東の領土問題にすぎないからです。
日本は、殺傷能力のある装備品をウクライナに送っていません。ウクライナが毎月何十万発も撃っている榴弾砲弾は韓国ですら支援しています。これが彼らの継戦能力の源泉となっています。
一方、日本が某国と事を構えることになった場合、いびつな防衛力整備を強いられてきた自衛隊には弾の備蓄などほとんどないため、開戦後数日で撃ち尽くしてしまいますが、しかし、殺傷能力のある装備品の支援を断り続けた日本に弾を送ってくれる国はないでしょう。
当コラムでは、嫌になるほど現政権には危機管理はできないと申し上げてきています。岸田首相自身が、「危機管理の要諦は、最悪の事態を想定して備えること。」と述べ、危機管理を理解していないことを露呈していますが、その最悪の事態の想定すらしてこなかったことをコロナ禍で指摘してきました。
多分、彼の頭の中には、台湾有事や尖閣有事などの絵が描けていないのでしょう。自分の在任中にそれが起きなければいいという程度の認識なのだろうと思われます。
我が国の有事の際に、世界から協力を得たいと考える頭があれば、この度のような対応は取りようがないはずだと思料いたします。
写真:首相官邸