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専門コラム「指揮官の決断」

第389回 

目的は何か  その4

カテゴリ:意思決定

承 前

これまで3回にわたって、意思決定に際して自分たちの使命をまず問い直してみることの重要性に言及してきました。

海上自衛官は何かを考えるときには、まず「使命の分析」から取り掛かる習性を持っています。(持っていない奴も当然います。)

海上自衛隊で育てられてきた者たちは、基本的な習性として、いきなり飛びつくのではなく、一歩引いて全体を眺めてから、どこから攻めて行こうかと考える癖があるかもしれません。(そういう習性をもたない奴も当然たくさんいます。)

ただ、それが具体的にどういうことなのか、なかなか分かりにくいかもしれません。

それがどういうことなのか、日常の事例で説明してみようというのが、今回のコラムの目的です。

事 例

筆者は、海上自衛隊で新入隊員を教育する部隊の指揮官の経験を持っています。

新入隊員を4ヵ月鍛えて、何とか海上自衛官らしく仕立てて艦隊に送り出す仕事です。

海上自衛官としての心構え、基礎体力や水泳能力、ライフル銃の取り扱い方法への習熟、手旗信号など、海上自衛官としての基礎的な教育を行う部隊です。

つい一週間前までは高校生だったり、街でヤンキーだった連中を集めて、軍隊の規律に従わせ、基本を躾け、最低限の知識を身につけさせなければならない大変な仕事です。

まともな口の利き方も知らない奴がいたり、海上自衛隊に入隊してきたのに1mも泳げない奴もいます。どうしても「気を付け」の姿勢を取ることのできない者もいれば、5分とじっとしていることのできない者もいます。

そういう連中を4か月で、まともな水兵に育てなければならないので、教官たちも必死です。全人格的に取っ組み合いのような4か月になります。

この部隊の指揮官として、新入隊員の教育にあたりながら、それらを指導していく教官やその他の管理職員の自衛官も教育していかなければならないのですが、実は自分自身でも学ぶことの極めて大きかった勤務でもありました。

それは、初めての教育する側の勤務であったこともありますが、自分とはまったく違う環境で育ってきて、まったく異なる価値観を持った多くの若い隊員たちを育てるという未知の体験だったからということが大きかったかと考えます。

同じ日本人でありながら言葉が通じないという若い隊員たちを前に途方に暮れる想いをしていたのですが、教官たちの努力により、着隊から1週間後に行われた入隊式では、参列した御父兄が涙するくらいに成長し、4か月後の修了式では、筆者が自衛官の言葉で語りかけてもしっかりと反応する隊員に成長していきました。

彼らと暮らす日々の中で、筆者自身もいろいろと学んでいくことができたかと思っています。

ある時、京都府の日本海側の舞鶴にある教育部隊へ、その隊司令として着任したことがあります。

与えられた官舎は、その教育部隊の門の前の道路を横断したところにありました。

隊門をくぐるまで、官舎から1分もかかりません。

むしろ、正門で当直の警衛の前を通り過ぎて、庁舎玄関に着く方が時間がかかったくらいです。

筆者の前任の隊司令は公用車で送迎されていたようですが、筆者は歩いて数分なので徒歩で登庁することとして、送迎の公用車は出すなと指示しておきました。

雨が降ろうと雪が降ろうと車を呼ばず歩いて出勤していました。

距離が100mにも満たないということもありましたが、朝一番で通る衛門の警備当直員に車内からではなく、直接声をかけたかったからという事情もありました。

筆者が衛門を通ると、警衛当直の一人が庁舎の当直室に電話をして、隊司令が衛門を通過したことを知らせます。

庁舎では当直士官と副直士官、当直海曹などが飛び出てきて玄関前で並んで出迎えてくれます。副長も二階から駆け下りてきます。

前任の隊司令の時は公用車でしたから、衛門を通過してすぐに司令が玄関に現れるので、当直員も大変だったようですが、筆者は歩いての登庁だったので、比較的余裕をもって対応できるようです。

このためか、ある時、玄関を通ろうとしたら副直士官と当直海曹はいるのですが、当直士官は当直室で電話の対応をしており、室内からガラス越しに電話機片手に敬礼をしてきました。

この時は祝日で、総監部で行われる行事のため、関係者はすでに出発した後でした。

副長も先発しており、司令の筆者が最後に公用車で乗り入れることになっていたのです。

当直士官が話をしている相手は誰かと副直士官に尋ねると、相手は車両班の班長だということでした。

司令が登庁してきたので、総監部送りの公用車の準備を指示していたようです。

筆者は、総監部の行事が終わって戻ったら、当直士官と副直士官の二人で司令室に来るように指示して総監部に出かけました。

当時筆者は、その地方隊の先任隊司令だったので、総監部行事ではそれなりの役割があり、遅刻するわけにいかなかったのです。

大切なことは

行事が滞りなく終わり、筆者が接遇を担当していた地元VIPも見送ったところで、隊へ戻りました。

すぐに当直士官と副直士官が現れて、「何かご用でしょうか?」と訊いてきました。

筆者は二人に、「当直士官の任務は何だ?」と質問しました。

当直士官は「司令、副長などが不在時の当直員の指揮をすること。」と明確に答えてきました。

間違ってはいません。

「それでは、何故、司令が登庁してきたときに、玄関に出てこなかったのか?」を当直士官に問いました。

彼は、筆者が玄関に出てこなかったことを怒っているものと考えたのか、「失礼しました。公用車の準備をしておりました。」と答えました。

この当直士官は成績も良く、将来を期待できる幹部であったので、ここは鍛えておく必要があると考え、申し聞かせました。

「いいか、当直士官の仕事は司令の送迎をすることではないんだぞ。勘違いするな。

司令や副長が不在時に指揮を執るのが当直士官の任務であり、隊で生じるあらゆる事態に対応しなければならない。そのための権限が当直士官には与えられている。

しかし、ひとたび司令が帰隊したら、その責任と権限は司令に戻る。当直士官の責任ではなくなるんだ。司令帰隊時に当直士官が出迎えに出て司令に敬礼をするのは、その指揮権を司令に返すという意味があるのであって、礼儀作法の問題ではない。

公用車の手配なんか、副直士官でも当直海曹でもできるはずだが、司令が不在中の指揮権を司令に返すということは、君しかできないんだよ。

君は飛行機乗りだよな。機長と副操縦士は飛行中に操縦を交代するときに必ず、”You have “ “ I have “と言ってどちらが操縦しているかを確認するだろう? それと同じだよ。

だから、司令が出るときには、必ず『願います。』と言ってでるだろう。当直士官頼んだよ、という意味だ。逆に司令が帰ったときには、『異常ありません。』という指揮権の申し継に関する報告が必要なんだ。指揮官の送迎に関する礼儀作法の問題じゃないんだよ。」と諭しました。

彼は艦載ヘリの操縦士で、近くの航空隊から臨時勤務で派遣されてきていた幹部でした。

しばらくして彼は臨時勤務を終わり、航空隊に戻っていきました。

その彼が、翌年、筆者がその部隊を離任する前日に司令室にいきなり現れ、「在任中はご指導ありがとうございました。」と礼を述べ始めたのです。

彼曰く、航空隊に戻り、幹部が輪番で行っている訓育の際に、航空隊の若手幹部を集めて、筆者が彼に話した内容をまとめて講話をしたのだそうです。

その講話を後ろで聞いていた航空隊司令が「いい話なので、幹部課題答申にまとめて提出するように。」と指示したそうです。

彼は、そこで指揮権や監督権に関する様々な論文を読んだり文献を探したりして論文の形にまとめて提出したところ、航空集団司令部の優秀課題対策と認められて表彰を受けたのだそうです。

彼は、「我々が一日に何度も行っている敬礼の意味を改めて考えました。」と言って辞去していきました。それ以来彼に会ったことはありませんが、部隊指揮官としてかなり高く評価され、早々に海将補に昇任したということを聞いたことがあります。

その彼を派遣してきた航空隊にも離任の挨拶に出かけ、臨時勤務に優秀な幹部自衛官を派遣してくれた礼を述べてきましたが、航空隊司令が、「当直士官の隊司令の出迎えの意味など改めて考えたことはなかったけど、司令のおっしゃる通りですよね。私にもいい勉強になりました。」と逆に礼を言われてしまいました。この航空隊司令もエリートで、若くして隊司令となった人物でした。

本質の考察

筆者が若い当直士官に伝えたかったのは、日常の何気ない当直勤務についても、その当直の任務の本質は何か、当直士官の任務は何かということを考えて勤務して欲しいということでした。

当直士官が司令の帰隊時に出迎えて敬礼をするということの意味を、単なる礼式であると捉えるのではなく、それが指揮権の受け渡しであるという本質を理解して勤務していれば、帰隊した司令に当直室の中から、電話機片手に敬礼をするなどということはないはずです。

また、自分が司令不在中の部隊の指揮を執っているという自覚を持った勤務をしてくれるはずですし、部隊を指揮するということ、あるいは指揮権というものの重さを自覚した勤務をしてくれると考えていました。

彼は前途ある優秀な幹部だったので、あえて強く指導しておきましたが、彼が筆者の意図することをしっかりと理解し、派出元の隊司令も強く同意を示してくれたことをうれしく思いました。

何を行うにしても、その目的は何かを見据え、意味と意義を考えて行うことが重要だと考えています。

(写真:防衛省)