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専門コラム「指揮官の決断」

第393回 

ファクトチェックだけでなく、解釈も誤ってはならない

カテゴリ:意思決定

承 前

しばらくコラムの更新が滞っておりましたが、前々回、マスコミに関係する人々の基本姿勢が出鱈目であることを指摘し、前回は状況をしっかりと理解するためには、ファクトチェックを行ったり、原典を当たるなどをする必要があることを指摘しました、さらに、それらを行っても、解釈を誤ると事実の認識を誤ることがあることに言及しています。

そこで今回はお約束どおり、そのような問題について取り上げます。

グラフの見方

次に掲げるグラフをご覧ください。

この図は東京商工リサーチが調査した中小企業庁がウェブサイトに掲載している中小企業の倒産件数の推移です。

私たちは不況になると倒産件数が増えると思い込んでいます。

しかし、その発想からすると、このグラフは気持ちが悪いはずです。

グラフは2009年から始まっていますが、2018年まで右肩下がりでしたが、さすがにアベノミクスも息をついて、消費税の増税を行った2019年は倒産件数が増加しました。

ところが、コロナ禍が始まって空前の不況になったはずの20年から21年は倒産件数が激減しています。

これを見ると、企業は不況で倒産するわけではないことが分かります。

経営学科の学生に聞くと、企業は赤字で倒産すると思っている学生が多いのですが、上場企業でも赤字決算の企業は珍しくはありません。一方で黒字でも倒産してしまう企業はたくさんあります。

企業は資金繰りができないと倒産するのであって、赤字決算であっても銀行からお金を借りることができて、従業員の給料や仕入れ代金を支払うことができれば倒産しなくて済みます。

逆にいくら黒字でも、それが債権の形になっていたりすると黒字のまま倒産してしまうことがあります。支払いができないからです。

コロナ禍では、助成金や金利や担保の不要な貸付があったので、操業できない企業でも現金を持っていたため倒産を免れていました。2022年から23年に倒産が増えているのは、それらの施策が打ち切りになったためです。

飲食店でも、緊急事態宣言で休業を要請されていた期間は、要請に応じた店舗には協力金が支払われていましたが、休業要請が終わった後に潰れてしまう店がたくさんありました。休業要請が終わっても、客足が一挙に戻ってきたわけではなかったからです。

客足が戻り始めたのは2023年の4月以降であり、2022年の12月から1月あたりは最もきつかったはずです。

このように、グラフを見ても、その意味が分からないと解釈ができません。

しかし、世の中には識者と見做されている人でも、まともにグラフを読むことのできない専門家がいます。

グラフも読めない専門家もいる

このグラフは上昌広という医療ガバナンス研究所所長をされている医師がツイッター(現在はX)に載せたものです。

彼は、このグラフで武漢と海南を除くと逆相関で、患者が多いところほど致死率が低いとしています。そして、どこまで軽い患者を診察しているかで致死率が決まることを意味しているとのコメントが付いており、PCR検査を徹底的に行い、感染者を早期に発見しておくことが重要であるという主張なのですが、医者ではないは私にはまったく理解できませんでした。

統計学を少し齧っただけの私の眼には相関関係も逆相関関係もまったく見出すことができません。典型的に無相関のグラフとしか思えません。

上医師にはこのグラフから相関係数を見出すことができるようなのですが、医学部というのは不思議な学問を教えているものだと思います。

さらに、彼はびっくりするようなグラフを持ち出しました。

理解できないのか、意図的な印象操作なのか

コメントには、「真夏の北半球でコロナが急増している先進国は、トランプを支持する米国の一部と日本くらいです。」とあります。

「先進国では米国の一部と」というのはどういう意味なのかよく分かりませんし、そもそも米国のグラフがありません。言いたいことは、ヨーロッパ各国では終息に向かっているこの夏に米国と日本だけは感染が急増しているということなのでしょう。

しかし、このグラフをよく見るととんでもないグラフであることが分かります。

横軸は時間軸となっていて、1か月ごとに目盛りが作られています。

縦軸は人口10万人当たりの新規感染者数の推移なのですが、左側は日本で右側が欧米となっていて、欧米は20人ごとの目盛り、日本側は2人ごとの目盛りです。

同じ横軸に対して、右と左で異なる軸を用いるグラフは珍しくありません。相関関係を確認するのに便利だからです。

例えば、片方に失業率を取り、反対側に自殺者数をとって2つのグラフを書くと見事に重なることが分かります。失業率と自殺者数に相関関係が認められることが分かります。そこで因果関係を調べることになります。

また、一方に水難事故死者数を一方にとり、アイスキャンディの売り上げを反対側にとって2つのグラフを書くと、これも奇妙に重なることが分かります。つまり相関関係は認められるのですが、因果関係を立証することが困難な問題としてよく例示されます。

ところで、この上医師のグラフですが、同じ指標に基づくグラフを単位を変えて重ねたグラフであり、そもそもが無茶苦茶なグラフで意味をなしていません。あえて申し上げれば、4月にはどこも酷かったけど、ヨーロッパはすでに収束に向かっているのに対して日本だけが再び急激に増加しているということを示すことはできそうです。

このツイートしたのは上昌広という医師で、国会の公聴会などでも公述人として質疑に応じているところが中継されたことがあります。経歴は申し分なく、東京大学の医学部を卒業し、同大学院で勉強もしていて、同大学の医科学研究所の教授としても勤務されていました。ご専門はメディカルネットワーク論、医療ガバナンス論ということで、現在は特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所理事長を勤められています。医療ガバナンスというのは、まだまだ研究が進んでいない領域なので、その先駆者とも言えるかもしれません。

しかし、これはかなり悪質な印象操作を意図したグラフであると言わざるを得ません。何故なら単位を揃えると、日本の感染者数など見えなくなってしまうほど少ないので、日本の現状が酷いことになっていると主張したい人にとっては不都合だからです。だから日本の感染者数だけ目盛り幅を10倍にして見せているのです。

しかも、トランプ政権を支持していることが原因であるかのようなコメントを付けておきながら、米国の事情についてはグラフに示していません。

多分、能力が低いだけ

しかも、この医師がよく東大に入学できたなと思わされる証拠もあります。

彼のツイートには次のような発言があります。「新型コロナウイルスのpcrの陽性的中率の議論。私は風邪患者の2割程度は新型コロナウイルスだと考えています。感度7割、特異度9割で陽性的中立(原文のまま)は8割です。何が問題なのかな?」とありました。

私は感染症は全く専門外ですが、陽性的中率が検査陽性のうち罹患している人の割合を示すと言われ、感度7割、特異度9割と言われたら、この数字が変だと気付くのに3秒とかかりません。軽く筆算してみても65%程度のはずです。この計算には高度な数学は必要ありません。理屈さえ教えてやれば中学生なら楽に解くことができます。

当時、ある医療機関のコンサルティングをしていましたが、そこにいた若い臨床検査技師に尋ねたところ、彼らは瞬時にその誤りを見抜きました。

どんなボンクラの医者でもこの計算くらいはできるはずです。それが彼にはできないのです。

この医者は立憲民主党の招請により国会の公聴会で議員の質問に答えています。立憲民主党はこの人をブレーンとしているようですが、この程度の医師をブレーンにしているから彼らの国会での質問がお粗末にならざるを得ないのでしょう。

その程度の医師が、立派な肩書で発言するに際して用いたグラフですから、何も考えないと騙されるおそれがあります。

冒頭に事実とは言えども解釈を誤ってはならないと申し上げたのは、このようなことがあるからです。ボケーッと観ていると、チコちゃんに叱られてしまいますよ。