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専門コラム「指揮官の決断」

第472回 

コロナ禍に学ぶ危機管理の発想法 その6

カテゴリ:危機管理

はじめに

今回もコロナ禍を題材として、私たち感染症の基礎知識を持たない一般人が、この事態をどう捉えれば良かったのかについて考察を続けます。

前回、テレビに出てくる専門家というのはどういう人たちなのか、という点について簡単に論じました。あの事態において、連日テレビに出演できた感染症の専門家というのは、どういう人たちだったのかについて言及しましたが、結果的に、筆者たちが見ても呆気に取られるような解説しかできなかったことに触れました。何せ、新型コロナウィルスのもたらす致死率すらまともに計算できなかった人たちです。

ある先輩から、ご指摘を頂きました。

「お前は、専門家など信じてはならない、と主張するが、そういうお前だって危機管理の専門家だと言ってるだろう」ということです。

ご指摘のとおりです。筆者を含め、専門家という人たちの主張を丸吞みしてはいけません。

感染症専門医となるためには、かなり厳格な手続きや審査があります。そう簡単に名乗ることのできる資格ではありません。

一方で、危機管理の専門家などと言うのは、誰でも名乗ることができます。資格審査や論文考査があるわけではありません。

筆者にしても、危機管理の教育を受けたわけではありません。筆者が大学院で得た学位は経済学修士であり、その後は国家公務員だったにすぎません。

組織論、意思決定論の基礎を学び、防衛の最前線に立ってきたという自覚はありますが、危機管理に関して体系的に学んだことはありません。

そもそも、筆者の学生時代、「危機管理論」などという学問領域は存在しませんでした。

現在も、まともな危機管理論の体系はできていません。だからいまだに危機管理は「論」であり、「学」に昇華していません。

何を学ぶ学問なのかさえ一致を見ておらず、方法論がないものを「学」とは呼べません。日本大学がいち早く「危機管理学部」を作りましたが、当時、日本大学は「危機管理」を理解しておらず、集まった教員はファイナンシャルリスクの専門家が多数でした。その結果、他校とのフットボールの試合で、違法タックルを行って大問題になった時に、何の対策も取れずに大炎上しました。日大は危機管理ができていない、と言うことです。

筆者が母校で「危機管理論」の入門的講義を行った際にも、「危機管理」とは何か、という話に全体の四分の一の時間を費やさざるを得ませんでした。当時の首相ですら(岸田首相でした)「危機管理」と「リスクマネジメント」の違いを理解していませんでしたからね。このことについては、当コラムですでに指摘しています。(専門コラム「指揮官の決断」第261回 「危機管理の要諦は最悪の事態に備えること」? https://aegis-cms.co.jp/2510 )

筆者は、防衛の最前線で三十年近く仕事をしてきましたが、安全保障や軍事の専門家と名乗ったことはありません。

筆者に言わせれば、「専門家」というのは、「素人を騙せるだけの知識を持った人」にすぎません。

ところが、コロナ禍においてテレビに出てきた感染症の専門家たちの多くは、素人の筆者たちすら騙すことができませんでした。したがって、当コラムではただ「専門家」とは言わず、「テレビに出てくる専門家」という言い方をしています。

筆者が防衛・軍事、安全保障の専門家を名乗らないのは、その分野において、素人を騙そうと思っていないからです。

一方で、危機管理の専門家だと名乗っているのは、何故か?

危機管理の分野で、素人を騙そうとしているのかということになります。

そうかもしれません。皆様も、当コラムを読むにあたり、気を付けてください。

最も正しい当コラムの読み方ですが、このところ議論を展開しているように、専門家の言うことだと信じるのではなく、皆様の常識で当コラムの主張を見直し、ご自分なりに評価し直すことです。デカルトが『方法序説』で主張したのが、この考え方です。

当コラムでは、素人が専門知識なしに専門家の主張の嘘を見破る方法について言及していきますので、どうか役に立ててください。(もっとも、その方法論を論じている当人ですから、筆者の出鱈目は、その方法論では見破れないかもしれませんよ)

ただし、筆者たちにもプライドはあります。

内容に納得のできないコメントをメディアに向かって発表したりはしません。

つまり、弊社並びに筆者が、その名前を付して発言している内容は、私たちの主張や本音です。

日本では、コロナ禍は大きくならなかったはず

この「コロナ禍に学ぶ危機管理の発想法」のシリーズの基本的な発想は、日本はコロナ禍でそれほど大騒ぎをする必要はなかったのに、視聴率や購読率を稼ぎたいメディアに煽られ、人々がそれに反応し、政府が右往左往した結果、コロナ禍はこの国でも大きな被害をもたらし、経済復興を大きく遅らせたというものです。

筆者たちが、そう考えた根拠は、日本は基本的に感染症に強い国であるということです。

日本は、もともと高温多湿な国なので、ヨーロッパとは異なる生活習慣が生まれています。

日本では、普通のお宅では、靴を脱いで室内に入り、裸足で生活します。つまり、外の泥が室内に入ってこないのです。

また、日本人はまめに手を洗います。レストランなどでは、おしぼりが出てきますし、皆がハンカチを持って歩いています。手を洗うとかハンカチを持って歩くというのは、小学校の教育のためでしょうし、浄めるという意味では、神道の影響かもしれません。

常にハンカチを持って歩くのは、高温多湿であるという事情が大きいでしょう。汗をかくからです。手をまめに洗うことが影響しているかもしれません。

筆者たちは、幹部候補生学校で、ハンカチは常に二枚携帯するように躾けられました。一枚は汗を拭いたり、手を洗ったりするときに使います。もう一枚は、傷を負った際に使うために使わずにきれいなまま持って歩きます。これは自衛官という特殊性があるかもしれませんが、小学校などではハンカチを持って歩くことが躾けられています。

これは、少なくともアメリカではあまり見られません。女性はお洒落で持って歩いている人もいます。微かに香水を振りかけているようですが、男性でハンカチを持っている奴を見たことがありません。だから、トイレなどには必ず、手を拭うための紙が用意されています。

また、冬になると風邪が流行ったり、インフルエンザが流行ったりするので、もともとマスクをすることにそれほど抵抗はありません。小学校での給食の当番はマスクをして作業をします。ところが、ヨーロッパでは、政府がマスクを強制すると、反対のデモが起きたりします。

そのような理由で、筆者たちは、中国や欧米に比べて日本ではそう大きな騒ぎにならないだろうと考えていました。

実際に、SARSやMERSなどのコロナウィルス感染症は日本ではほとんど流行りませんでした。厚労省の検疫官たちの努力で、水際で差し止めたからです。

SARSは2003年に中国で発症し、MERSは、2012年に中東で流行が始まりました。SARSは終息したようですが、MERSは依然として威力を発揮しています。

日本で冬になると流行る流行性感冒というのは、四種類のコロナウィルスが原因で、新型コロナウィルスというのは、その五番目で、社会が免疫を持っていなかったために流行したものとみられます。

素人の発想が、テレビの専門家たちよりましだった

結果的に筆者たちの推測の前提が正しかったことが証明されました。

2020年のこの国の全部の死者数は137万2,755人でした。対前年比で約8,300人減少しました。前代未聞の流行り病が流行ったのに、全体で死者数が減少したのです。

この年、特徴的だったのは、インフルエンザが流行らなかったことです。社会が、手を洗い、マスクをして感染症の流行に努力したからでしょう。

つまり、マスコミの主張や国の政策が無駄ではなかったと主張する人もいますが、この数字の意味を理解できない能力なのでしょう。

インフルエンザが流行らなかったら、新型コロナが流行ったにも関わらず死者が八千人以上減ったのです。つまり、コロナ禍よりもインフルエンザの方が怖ろしい病気だったということです。

筆者はこの問題の素人ですので、何故かよく分からないのですが、二つの感染症が同時に流行ることはないようです。呼吸器系と消化器系などの違いのある感染症は別ですが、呼吸器系を襲う感染症が同時に二つ以上流行ることはあまりないようです。

筆者たちは、テレビに出てくる感染症の専門家たちの主張する致死率に疑問を抱き、独自計算してみました。前回お知らせしたとおりです。

その結果、致死率はインフルエンザの方が高いことが分かりました。

それは、国民が一斉に自粛し、医療機関が必死になって治療に当たったからだという論者もいます。

そうでしょうか?

コロナ専用病床の逼迫は嘘だった

専門病床のひっ迫が伝えられたことがありました。どこにも受け入れを断られ、7時間もたらいまわしにあったコロナ患者の例がテレビを賑わせましたが、それが真実だったのでしょうか。

会計検査院が、コロナ禍における病院の専門病棟の設置と活用状況について検査したところ、コロナ禍が最も酷かった時でさえ、病床は6割しか使用されていなかったことが分かりました。

たしかに、市民病院、赤十字病院、徳洲会や済生会の病院は大変な思いをしたようです。

筆者がよく行く、徳洲会の湘南鎌倉病院では、明日からの患者受け入れは廊下で行うと腹を括った日があったそうですが、その日から患者数が減少に転じて、最悪の事態を避けたそうです。

このような状況であったにもかかわらず、コロナ専用病床は最悪の時でも6割しか使われていなかったというのは、どういうことでしょうか。

コロナ専用病床を準備すると病院は多額の補助金をもらいます。

ところが、実際には専用病床に隔離しなければならない患者は、当初懼れたようには増えませんでした。病院経営はどこも火の車で、スタッフを遊ばせておく余裕はなかったのです。

そこで病院は、本来は専用病床用にシフトが組まれていた医師や看護師を通常の診察のルーティンに戻したのです。

その結果、救急車が患者の受入れ要請をしても、ベッドはあっても担当する医師や看護師が診療のサイクルに戻っているので、いきなり引き抜くわけにもいかず、救急患者の受入れを断らざるを得なかったのです。

テレビは、そのような事情をろくに調べもせずに、7時間たらい回しにあったことのみを繰り返し繰り返し報道しました。また、実際に受け入れて大変な目にあっている病院を取材して、同じ光景を何度も繰り返し流して、いかに現場がすごいことになっているかを報道し続けたのです。もっとも酷い場合ですら6割しか使われていない空ベッドだらけの病室の動画など一度も観たことがありません。

これが何を意味するかと言うと、廊下での治療を覚悟しなければならない病院があった一方で、そうでもなく、担当者をシフトに回した病院があったということです。それらの平均で6割だったということは、100%埋まっていた病院と、ほとんど患者がいなかった病院もあったということです。

数字が示す証拠

先に、日本ではそれほど大きな問題とはならないという予測を立てたと述べましたが、その結果としての国際比較について申し上げましょう。

国ごとに人口が違いますので、人口10万人当たりのコロナ死の死者数を比較します。

日本は48人でした。ドイツ200人、フランス257人、英国313人、米国325人、イタリア325人です。ロシアと中国は、発表された数字を信じることができないので除外しています。

日本はゼロコロナ政策を取らず、完全なロックダウンもしませんでした。しかも用意した専用病棟の4割が使われなかったのです。

その結果がこれです。つまり、例年のインフルエンザの方が恐れるべき感染症だったということです。

大騒ぎをして、この国の経済成長を止め、得をしたのは、メディアとそこに登場し続けた専門家という人たちだけだったということです。

次回は

コロナ禍の実情をある程度お分かり頂けたかと思います。

次回から、素人目にも変だということに気付いたはずの、コロナ禍におけるメディアの騒ぎ方と政府の施策について申しあげます。その過程で、新型コロナウィルス禍は、もっと小さく抑えられるはずだったことを説明します。

次に何らかの事態が生起して、メディアが騒ぎ、政府が踊らされた際に、素人でも、それは変だと気付くヒントになれば幸いです。