専門コラム「指揮官の決断」
第475回コロナ禍に学ぶ危機管理の発想法 その9
承 前
コロナ禍を例にとって、危機管理の発想法、目の付け所を示す努力を続けてきました。
専門的知識なしに、事態の本質を見抜くための実例を挙げてきたつもりです。
皆さまが、あらゆる事象に専門的知識・経験を持つことは不可能であるが、しかし、襲い掛かってくる危機には毅然と対応する必要があり、そのために少しでもお役に立ちたいという思いからです。
そこで、危機管理の発想のヒントになればという思いから、専門的知識・経験がなくても事態の本質を看破する発想について語ってきました。
最後にもう少し実例を挙げて、皆様の理解を深めておきたいと思っています。
典型事例
ある通信会社が、東京大学の研究者チームが、GoToトラベル事業に参加した人としなかった人を比べて、参加した人が圧倒的に新型コロナウィルスに感染していとという事実を統計学的に明らかにしたという記事を配信し、新聞やテレビが一斉にそれを報じたことがありました。
筆者たちは、その論文がどこに発表されているのかを探し、エール大学の健康科学の査読前の論文がアップされているサイトにあるのを発見して読んでみました。
筆者たちは医学的知識は持っていないのですが、統計学的証明なら分かるかもしれないと考えたのです。
統計学的証明に必要なのは、簡単に説明してしまうと、相関関係と因果関係です。
読んでみると、基本的な統計学的証明はされていませんでした。研究者たちも、自分たちが統計学的証明をしていないことを知っているので、そうは書かず、「関連性」と述べているにすぎませんでした。
つまり、この記事を配信した通信社の記者は、英語も読めなければ、算数も理解しない低レベルの能力しかなく、研究者チームの論文が何を言っているのか、ほとんど理解できないで記事を書いていたのです。
大手メディアは、そのファクトチェックもまったくせずに、コピー&ペーストをしました。
ところが、それを読んだ当時の日本医師会の会長が、GoToトラベル事業を批判し、因果関係は明らかだと述べたので、政府はあっさりと同事業を中止してしまいました。
彼は医師なのに、医学論文を読まず、新聞記事だけで語ったようです。医師会長は、医者としての能力でなるのではなく、政治力によって就任する配置でしょうから、そうなるのでしょうが、それにしてもお粗末です。
しかも、その直後に、日本医師会は、あるホテルで、自民党の医療系の代弁者である議員を囲むパーティーを開きました。記者会見でその矛盾を突かれた日本医師会長(当時)は、ホテルは万全の感染対策をしており、我々医師は予防接種を受けていると答えています。
このやり取りに関して、筆者の感想を訊いたスタッフがいますが、筆者は「ナッツ」と一言だけ答えて沈黙しました。このやり取りは、そのプロジェクトでは語り草になっています。どういう意味か興味のある方は調べて下さい。
万全な感染対策をしたのは、日本医師会が政治資金パーティーを開いたホテルだけでなく、彼が批判したGoToトラベル事業に参加したホテル・旅館は何処も同じですし、社会が医療関係者に優先的に予防接種をさせたのは、政治資金パーティーを開かせるためではありません。日本医師会長というのは、そのレベルの頭の持ち主だったのです。
GoToトラベル事業中止が感染を拡大させたか?
実は、この措置によって感染者が増えたのではないかと考えています。
なぜでしょうか。
GoToトラベル事業を利用して旅行する人たちと言うのは、家族や恋人同士など、ごく親しい仲の人たちだったはずです。そういう人たちが、自分たちの車で、あるいはマスクをして鉄道やバスを使って、しっかりと準備して認定を受けた宿泊施設に行ってくるのですから、感染は広まらないでしょう。感染するとすれば、旅行に行かなくても、家庭内などで感染しているはずです。
一方でGoToトラベル事業は中止したものの、GoToイートはやめなかったので、皆さんが早く閉まってしまう飲食店に繰り出して飲んでいました。これがどのようだったかは、前回のコラムで言及しましたが、リタイアした方々も、当時一斉に始まっていたハッピーアワーを利用するため、午後3時過ぎから飲みに出て、その後にカラオケなどに行って、多くの高齢者が感染して亡くなりました。
GoToトラベル事業が行われていた場合の感染者数の推計は弊社ではしていませんが、GoToトラベル事業に参加するために準備した旅館やホテルの方が感染の怖れが小さかったのではないかと考えています。
東京大学の研究者チームの論文が統計学的な証明をしていないということは、統計学の入門的知識がないと議論できませんが、GoToトラベル事業とGoToイート事業のどちらが感染者を出しにくいかという論点については、素人でも考えることができます。本当は、それぞれについてシミュレーションをする必要があるのですが、どちらが感染者が少ないかという程度の問題なら、直感で答えることができますし、経営者は、そのような直観力を持っている必要があります。記事を書いた記者は、統計学的証明がなされたと報道する以上、統計学的証明がどういうものなのかの最低限の知識が必要なのですが、それがまったくないままに出鱈目を書いたのです。
このコラムが、危機管理には専門知識がどうしても必要ということではない、と主張しているのはそういう意味です。 報道関係者でない私たち素人は、直感を大切にしていく必要があると思っています。
専門的知識・経験があるに越したことはないのですが、あらゆる危機に専門的知識や経験を持つことは不可能です。コロナ禍にあって必要なのは、感染症に関する知識であり、最近の中東情勢に関しては、国際法と軍事の知識がないと読み解けません。これらすべての分野に専門的知識・経験を持つなどということは不可能ですので、危機管理に関しては、トップの着眼点と覚悟が必要だと申し上げています。
特に、最近のメディアの質の低下は目に余るものがあり、うっかり信じるととんでもないことになりかねません。
メディアはまともな専門家を呼ぶことすらできない
メディアの質的低下というのは、記者だけの問題ではありません。メディアに登場してくる専門家という人たちも出鱈目な者がたくさんいます。
この一連のシリーズで述べてきたようにコロナ禍において、テレビに登場してきた感染症専門家の多くが出鱈目でした。致死率すらまともに計算できない連中でした。
コロナ禍というのは、真の専門家はとんでもない騒ぎの渦中で連日、必死の作業を繰り返していたでしょうから、テレビの要請に応じて連日登場できたのはそれなりのレベルの専門家だったかもしれませんが、他分野でも出鱈目な専門家が登場し続けています。
昨年6月のNHKの日曜討論という番組を、外出の際のネクタイを結びながら何気なく観ていたところ、慶應義塾大学の経済学部の寺井公子教授が、「消費税っていうのは一度下げると、次、元に戻すのに相当なエネルギーがかかるっていうのは、私たち経験していること」と発言したのを聴いて驚愕しました。この度、閣議決定された食料品の消費税減税が、消費税減税の初めてのケースになるからです。
慶応義塾大学の経済学部には酷い教員がいることは知っていましたので、その発言自体は驚きませんでしたが、驚いたのはNHKの対応です。
司会は、NHKの解説委員とアナウンサーが務めていたのですが、アナウンサーはともかくとして、解説委員が何の訂正もしなかったことです。つまり、解説委員もそのことについて、何の知識も持っていなかったのです。その程度のことも知らない者が、NHKの解説委員なのです。お粗末極まると言われても仕方ないでしょう。
今年になってからも、TBSはイランとイスラエル・米国の戦争に関連し、ナフサ問題の専門家と称する資源エネルギー庁有識者委員の境野春彦という男を登場させ、「ナフサはホルムズ海峡一択。間違いなく今の状況が続いたら6月には詰むんですよ、日本」と発言させました。これに対して政権は翌日、「事実誤認」と断じ、輸入済みナフサと国内精製分で2カ月分、製品に加工中のもの2か月分計4か月分は確保済みであり、中東以外からの輸入も倍増すると主張しました。つまり、ホルムズ海峡一択ではない、ということです。
実際問題として、ナフサは大量に作り置いて在庫するような性質のものではなく、日本全体が備蓄している原油が200日を超える以上、そこから作るので、品不足で詰みにはなりません。
在庫に関して不安を持つ必要はないという政府の発表後も、政権に批判的なメディアは、市場におけるナフサ不足についての報道を続けました。
様々な医療用器具に使われる原料不足のため、点滴や輸血に支障が出ているとか、塗料、塩ビ管、接着剤などが不足して建築現場での作業ができなくなっているという報道が相次ぎました。
また、カルビーはポテトチップスの袋をナフサ不足による原料高騰により、モノクロに帰る決定をして話題となりました。
しかし、筆者の周りで、作業が止まっている現場はありませんし、ホームセンターでは、ナフサ由来の製品が潤沢に販売されており、値段も高騰しているわけでもありません。
多分、現場で資材不足や原材料高騰になっているのは、流通の過程で買い溜めして儲けようとしている連中がいるからでしょう。
米と同じです。昨年のコメ価格の高騰に目を付けて儲けようとして買い溜めした連中が、今年のコメ価格の低減を目にして、どう処分していいか分からないようです。
メディアやそこの専門家に頼らず、独自の視点を持ちましょう
メディアの質低下は、呼んでくる専門家の選び方も知らないレベルになっています。あるいは、それを承知で、ある一定の方向性の報道をしたいからかもしれませんが、いずれにせよ、その番組を鵜呑みすると事態の本質を理解できません。
当コラムは、様々な論点を取り上げ、危機管理の視点で分析していきますので、これからも、メディアに騙されずに、ことの本質を見つめ続ける態度を保持していって頂きたいと思います。
