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専門コラム「指揮官の決断」

第478回 

米中首脳会談

カテゴリ:危機管理

はじめに

今回のコラムのタイトルを見て、驚かれた方も多いかと存じます。

これまで、当コラムは政治問題には踏み込むことがほとんどなかったからです。

時事問題をまったく避けてきたわけではありません。

ただ、筆者が元海上自衛官でありながら、軍事・安全保障問題にはあまり触れず、むしろ新型コロナウィルスなどの医学問題に積極的な発言を繰り返してきたからです。

なぜ外交問題に触れるのか

その理由は、当コラムが危機管理の専門コラムであり、あくまでも専門的見地から危機管理について言及しようとしてきたからです。

元幹部自衛官が必ずしも軍事や安全保障について語ることができるかというとそうではありません。

筆者は防衛とは全く関係のない商社に再就職し、その関連先の米国企業のCEOなどを経験してきましたが、軍事や安全保障上の情報のアップデートはしていませんので、その分野について語ることができないのです。

一見専門外ではあるけれど

一方、新型コロナウィルスの問題については、当初、専門外だと考えておりましたが、素人ながら議論に納得できない、という感覚が続きました。

当初、専門家の解説を受け入れていたものの、緊急事態宣言を受けたメディアの報道が素人であることに気付き、さらには筆者たちのプロジェクトが行っていたシミュレーションに関してメディアからの取材があり、その経過でメディアが事実や真実の報道ではなく、単に視聴率や購買契約しか考えておらず、事実さえ捻じ曲げた報道をしている様子を目の前にして、そのメディアに連日登場する専門家というのはどういう人たちなのだろうか、という疑問があり、東京大学の研究者チームが発表した論文を巡って、メディアは統計学の基本も英語の初歩も理解しない通信社の記者が書いた記事を、何のチェックもせずにコピー&ペーストしていることに気付き、それを受け入れている医師会長や政治家の基本的な能力にも疑問を持ちました。

そこで、コロナ禍を独自の視点で分析を始めたところ、テレビに出てくる専門家が、実は致死率すらまともに計算できない連中であることを発見し、医学的専門知識がなくてもコロナ禍を分析していけることに気付きいたのです。

専門外の分野に触れるためには

それでは、軍事・安全保障に関してもその手法を適用すればいいだろう、とよく自衛隊の先輩に言われるのですが、そこには筆者の忸怩たる思いがあります。

なまじ元自衛官であったことから、その発言は専門家として捉えられるかもしれません。しかし、先に申し上げたとおり、筆者は現状についてほとんど知りませんので、軍事オタクの方々の議論に耐えられません。

そこで、この問題に関して発言することは控えてきましたが、しかし、最近の国際問題に関し、メディアの報道を見ていると、そこに出てくる専門家も含め、あまりにも酷い、低レベルの議論がまかり通っているので、ひょっとするとこの事態を放置すると、危機管理上の事態を惹起しかねず、それは当コラムの望むところではない、という見地に立ち、あくまでの、筆者たちの専門的知識と筆者個人の経験から自信を持って発言できるものに限って発言しようと考えました。それが今回のタイトルになりました。

しかし、当コラムの分析手法は特殊なので、一般のメディア(新聞、テレビのみならずSMSを含めて)とは異なるアプローチをとります。

帰納法と演繹法

筆者たちが嫌っているのは、それらメディアの思考方法です。

あえて、世の中を理系と文系に分けると、メディアの世界は文系の世界です。

一方の専門家の世界は理系の世界のはずです。

文系の専門家だっているだろう、というご批判はごもっともですが、筆者が言及しているのは思考方法や思考過程の話です。

理系の思考過程と筆者が呼ぶのは、論理的、演繹的な発想です。

事実を積み重ね、それに一般的な法則やルールを適用します。

一方の文系の発想は、結論が先にあり、事実をその結論に合うように法則化します。つまり帰納法の世界です。

これは科学ではありません。価値が先にあるからです。

典型的には歴史学がそうです。したがって、筆者は歴史学を社会科学の一部とは認めていません。

帰納的な結論が出せないと事実を捻じ曲げるメディア

筆者たちが嫌うのはこの発想です。

特にメディアは、事実をそのように解釈することができないとなると、事実を捻じ曲げて自らの結論の正当化を図ります。

筆者たちのグループがメディアへの出演を断ったのは、それを露骨に要求されたからです。つまり、テレビに出てくる専門家というのは、その要請を受け入れた人たちなのです。

この考え方については、稿を改めて説明いたしますが、今後、どのような話題について、どのような解釈をしていくのかについて、今回のコラムをとりあえずお読み頂きたいと思っています。

米中首脳会談の帰納法

さて、その一例として取り上げたのが、先にニュースを賑わせた米中首脳会談についてです。

メディアの基本的立場は、中国に忖度し、これまでの政権のように中国に媚を売らない現政権に関しては批判的です。

この立場から帰納的に作られる番組は当然に米中首脳会談の中国側の成果について大々的に取り上げそうなものですが、さすがに今回の首脳会談で、その報道ができるようなものは無かったのでしょう。

どこの局も新聞も、トランプ大統領が異例の厚遇で出迎えたことばかり伝えています。

通常の国賓は副大統領が出迎え、大統領はホワイトハウスで出迎えるのに、今回は大統領自ら専用機まで出迎えに行き、赤じゅうたんを敷いて出迎えた、と騒いでいます。

演繹的に見ると

しかし、筆者は海上自衛隊で、プロトコールを担当する幕僚配置を二回経験しています。

最初は佐世保を母港とする護衛艦に司令部を置く水上部隊の監理幕僚で、海上自衛隊初のウラジオストク訪問を行いました。

次は自衛艦隊司令部の監理主任幕僚であり、日本を訪れる諸外国高官が海上自衛隊の部隊を視察する際の出迎えを担当しました。

その目から見ると、今回の習近平主席の出迎えは強烈なものであり、メディアが報道するような「異例の厚遇」では全くなかったと考えています。

まず、専用機を降りてきた主席の出迎えの行事が始まるまでの間、軍楽隊が演奏していた曲に筆者は注目しました。

筆者が認識したのは3曲でした。1曲目はテレサ・テンさんの曲でした。彼女は天安門事件以後、どれほどオファーがあっても中国本土での公演を行わなかった徹底的な民主解放主義者です。2曲目は、レ・ミゼラブルのOne Day Moreです。この有名な曲は、もちろん、劇中で、これから革命に立ち上がるという強烈な意思表示とそれを取り締まってみせるという意思表示のぶつかり合いです。

そして 3曲目は筆者は知らなかったのですが、この事情に詳しいスタッフが教えてくれたところによれば、胡錦涛時代を懐かしむ歌で、現在、中国で放送禁止になっているそうです。胡錦涛氏は党大会の席上から連れ出されたところが全世界に放映されて衝撃を与えたことをご記憶の方も多いかと存じますが、その人物を懐かしむ曲が流されたのだそうです。

高市首相が前回訪米した際に、夕食会の会場の手前で、海兵隊の軍楽隊がXJAPANの”Rusty Neil”を演奏したのとはずいぶん違います。

また、出迎えの公式行事が始まり、両国国家が吹奏されている際、歓迎飛行が行われ、米国国歌のところで、B1爆撃機が2機頭上を通過しました。

歓迎のフォーメーションフライトなら、海軍のブルーエンジェルズか空軍のサンダーバーズなどのフライトが行われるはずですが、B1が飛んだのは、この飛行機が北京を爆撃するぞ、という意思表示でしょう。

しかもトランプ大統領が顔をしかめたように、2機とも4発のエンジンのアフターバーナーを点火して飛び去って行きました。嫌がらせ以外の何物でもありません。

そんな手荒い出迎えを、「異例の厚遇」とのみ報道するメディアのレベルの低さにびっくりです。

先に申し上げましたが、文系は帰納法で語り、理系は演繹法で語ります。

メディアは典型的に帰納法の世界です。

あらかじめ結論があり、その結論を裏付けるのに必要なシーンだけを集め。集まらないと事実を捻じ曲げて結論を正当化します。

帰納でも演繹でもない、弊社の見方

いわゆるオールドメディアと呼ばれるテレビ・新聞だけでなく、SNSも同様です。

SNSは、右派が作っているものが多いのですが、テレビ・新聞と正反対の見解が示されていることが圧倒的であり、今回は習近平主席は何も得ることなく帰国せざるを得なかったという論調が多く、それぞれの首脳の態度や表情に関する解釈も、帰納法に従った結論になっています。

弊社では、ホワイトハウスを案内するトランプ大統領と案内される習近平主席の間には、それなりに常識的な、あるいはもう一歩進んだ、お互いの立場への親近感があったと考えていますが、それは弊社の希望的観測かもしれません。

弊社は、両氏がより親密な関係になり、いつでも問題を直接電話で話し合える関係になればいいかと考えています。

特に現在の中国のような独裁国家にとっては、独裁者に直接ものを言える存在は貴重だからです。

最近、国際紛争を巡って、素人としか思えない報道や政治家の発言が目立ちます。これを放置するなというご意見も頂くこともあり、弊社独自の視点で分析することも、当コラムの目的かもしれないと判断しました。

今後、そのような観点で、当コラム独自の視点で分析した情勢をお伝えしてまいります。従来、この類の話題は弊社発行のメールマガジンで触れてきましたが、危機管理の問題として当コラムであつかうこともあるということについて、皆様にお知らせ申し上げます。