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専門コラム「指揮官の決断」

第130回 

No.130 救いがたい組織:危機管理以前の問題

カテゴリ:コラム

届出と報告の違い

 最近、ある事情があって厚生年金関連の手続きを立て続けに何件も行わなければならず、その過程で日本年金機構とのやり取りを何度もしなければなりませんでした。
 そこでびっくりしたことがあります。

 年金を受給していた人が亡くなるとその方に受給権が無くなるため、その年金の支給を止めるか、あるいは配偶者に遺族年金として支給することになります。このためには受給権を持っていた加入者の遺族又はその代理人が手続きをする必要があります。
 そこで年金機構に対し、受給権者が亡くなったことを通知しようとしたのですが、まず、びっくりしたのは年金機構が出せと言ってきた書類です。

 冒頭の写真がそれですが、「年金受給者死亡届(報告書)」となっています。私の直観がこの書式は変だとアラートを鳴らしたので、すぐに年金機構に問い合わせました。つまり、(報告書)となっているが、それでは「年金受給者死亡届」に「(報告書)」ではないものもあるのかということです。(   )内が報告書となっていない別の書式があるはずと考えたのです。
 地元の年金事務所に尋ねたのですが、(報告書)ではない年金受給者死亡届はないということでした。それではなぜわざわざ(報告書)となっているのかが分かりません。

 一般の方はあまり気にされないのですが、公文書においては「届」「報告」「通知」は全く意味合いが異なります。
 「届」は一定の条件が揃うと提出を要求されるのですが、それはその一定の条件が揃ったことを担当部門が知らないと事務を適正に行うことが出来ないので通知するように要求されているからで、単なる情報の伝達にすぎません。

 「通知」も同様に、必要な情報のやり取りをしているだけです。

 ところが「報告」はまったく意味が異なります。

 「報告」はある行為を命ぜられた者がその経過や結果などについて命令を出した者に伝えること、あるいは事実関係や観察の結果などについて上級者に述べるものであり、原則として指揮系統を通じて行われます。
 つまり、年金機構が加入者に対し「報告書」を出せと言っているのは、年金機構が加入者に対し命令権を持っていると考えているということです。そうでなければただの「届」でいいはずなのにあえて(報告書)と付け加えている理由がわかりません。

日本年金機構という組織

 
 さて、何故加入者が年金機構に「通知」ではなく「報告」をしなければならないのか疑問に思った私はその理由を年金事務所に尋ねました。すると、「書式は当事務所で作っているのではないので本部に聞いてくれ」ということでした。「本部に確認してお答えします。」ではないのです。
 
 私は以前に当コラムでも申し上げましたが年金機構には期待も幻想も持っていないので、「やっぱりね」と思って本部に電話をしました。日本年金機構法に基づいて社会保険庁が改組されて設置された特殊法人である日本年金機構は高井戸に本部が置かれ理事長以下の経営陣がいます。
 
 そこで本部に電話をして死亡届が(報告書)になっている理由は何か教えて欲しいと伝えました。すると本部は「年金事務所または年金ダイヤルで聞いてくれ」と回答してきました。私は「個人の年金相談をしようとしているのではなく、制度趣旨について質問をしたいのだ。」と伝えたのですが、「本部にはそのようなお尋ねに応じる窓口がないので年金事務所または年金ダイヤルで聞いてください。」の一点張りなのです。
 「年金事務所に聞いたら本部に聞いてくれと言われたんですよ。」と言うと、「それはその事務所の担当者が知らなかっただけなので、別の事務所に聞いてください。あるいは年金ダイヤルに聞いてください。」という回答です。呆れかえる返答です。

 しかたなく年金ダイヤルに電話して同じ質問をしました。案の定答えは「個人の年金に関することではないので本部に聞いてください。」でした。「本部では担当者が分からなかったら調べて連絡するようになっていると言っていますよ。」と伝えると、「それなら時間がかかるけどいいか。」というので対応をお願いしておきました。

 待つこと4日間、年金ダイヤル担当から回答がきました。文書で回答してくれと頼んだのですが、どうしても電話で回答すると言って電話を掛けてきたのです。文書で残すのは嫌なのでしょう。
 それによると、私たち年金加入者が提出する「年金受給者死亡届(報告書)」と全く同じ書式のものを、加入者から死亡届が出された市町村長が厚生労働大臣に送ることが規則で定められているのだそうです。その規則には「市町村長は厚生労働大臣に報告する」となっているそうです。これならば(報告書)になっている意味が分かります。

 しかし何故加入者が使う書式にも(報告書)となっているのかの説明になっていません。担当者によると、「同じ書式を使っているので皆様にお送りしている書式にも(報告書)がついています。」ということでした。

 これは重大な意味を持っています。年金機構のこの業務処理は二重の誤りを犯しているからです。

 まず、市町村長に報告を求めるのであれば「年金受給者死亡届」という標題が間違いです。「届出よ」と規則に定められているのではなく「報告せよ」と定められているからです。市町村長が使う書式は「年金受給者死亡報告」となるべきです。

 一方で加入者に届出を求めるのに(報告書)と付けるのも間違いです。加入者は年金機構に死亡を通知すればよく、報告しなければならない関係にあるわけではないからです。

 
 私は危機管理の三本柱の一つにプロトコールを掲げています。このため、組織を見るとき、その業務処理の手順に矛盾はないのか、対外的な関係において辻褄の合わないことが放置されていないかなどに着目しています。

 年金機構は「みなし公務員」としての規定が適用される公的組織ですが、この程度の基本的なことがしっかりとできていないというは驚くべきことです。公務員であれば「通知」と「報告」の違いは誰でも知っています。それが放置されているのは、一般公務員なら誰でも知っている基本を年金機構は誰も理解していないと思われても仕方ありません。

 あるいは、その違いを知っていて放置しているのであれば、加入者には「報告をさせればよい」という認識を持っていると判断せざるを得ず、もっと始末が悪いと言わざるを得ません。年金機構の基本的な体質が現れているからです。

 重ねて申し上げますが、私たち年金加入者は年金機構に報告をしなければならない関係にあるわけではありません。

 私は当コラムにおいて年金機構は遠くない将来にまたとんでもない不祥事を必ず起こすと予言していますが(専門コラム「指揮官の決断」No.123 覚悟の問題と不吉な予言 https://aegis-cms.co.jp/1432 )、その確信を深めることになりました。
 1万数千名いた社会保険庁の職員のうち、年金機構に採用されなかったのは約500名だけであり、社会保険庁の事務が出鱈目であったことを知りながら漫然と勤務してきた1万数千名がそのまま採用された年金機構が生まれ変わっているはずはありません。
 
 私の地元の年金事務所の職員は一生懸命に働いています。応対も丁寧で、分からないことは根気よく教えくれます。とても親切なので事務処理に時間がかかり、予約なしに行くととんでもない長い時間待たされるのが欠点ですが、これも年金制度の複雑さのためでしょう。しかし、この組織は根幹が腐っているのです。腐った組織にいて人が育つことはありません。窓口で誠実に勤務している職員たちもいずれこの組織に毒されてしまうのでしょう。とても悲しいことです。

組織風土の問題

 組織には「組織風土」というものがあります。これは組織論の中でも大きな研究テーマとして専門にしている研究者もいるくらい重要なテーマですが、この組織風土論において知られているのは、組織風土を変えることは極めて難しいということです。
 白いペンキの缶にスポイトで一滴でも黒ペンキを落とすと、そのペイント缶は二度と白には戻りません。中身をそっくり入れ替えるくらいの改革をしなければならないのです。にもかかわらず社会保険庁は職員はほとんど変わらず、建物もそのまま、看板を替えただけなので、新たに生まれ変わっているはずはないのです。
 その証拠が今回の事案です。

過ちは繰り返される

 「制度趣旨に関して本部に対応する窓口がないから出先の事務所に聞いてくれ」などとよく恥ずかしくもなく回答したなと呆れ果ててしまいました。出先の事務所も、そのような簡単な質問に対し、「確認して回答する」ではなく、「本部に聞いてくれ」という対応です。ビジネスの世界ではあり得ない対応ですし、国家公務員の世界でも信じがたい対応です。
 つまり、この組織の腐敗・堕落は社会保険庁以来救いようのないレベルにあり、年金機構となっても全く何の改善もなされておらず、私の不吉な予言が現実になるのも時間の問題というしかありません。