専門コラム「指揮官の決断」
第217回危機をどう管理するのか?
「危機管理」って自己撞着だろうが
当コラムは危機管理の専門コラムとして掲載を続けています。最近、いろいろな事情があって、この「専門」という言葉を使うのを止めようかどうしようかと考えているところではありますが、いずれにせよ危機管理にテーマを絞ったコラムとして執筆を続けています。
ただ、執筆者自身が言うのも変なのですが、「危機管理」という言葉自体がどうも曖昧であるようにも思っています。
「危機管理」という言葉自体が自己撞着に陥っています。
「管理」できれば「危機」的な事態にはなりません。「管理」できないから「危機」になってしまうのではないでしょうか。
これは元々の”Craisis Management “という言葉であっても同じです。
かつて、海上自衛隊の連絡官として米国で勤務していた際に、同僚の米海兵隊の士官に英語を教えてくれと頼んで、この言葉の解説を頼んだことがあります。
彼によると、たしかに”crisis”は”unmanageable”であるが、そこにmanagement という言葉が使われている理由は、そのもたらされる結果の重大性をいかに和らげるかというところに焦点を当てているからだということでした。
そこで、それでは” crisis response “(危機対応)とどう違うんだと尋ねました。
日本では「危機対応」と言う言葉が専門用語とはなっていないのですが、米国では専門の論文などによくこの言葉が使われています。
彼はちょっと考えていましたが、”crisis response “は事件が起きた後の対応に重点が置かれるのに対して、” crisis management “は事件が起きる前からの様々な対応が重要であると言い出しました。これは私が当時ボンヤリと考えていた「危機管理」のイメージと見事に一致していました。
そこで私は彼にさらに重ねて質問をしました。「それでは、リスクは管理できるか?」
彼の答えは明快でした。「リスクは管理しなければならない。野放しにしてはならない。(Never overlook them)」
この当時、私は海上自衛隊入隊8年目で1等海尉から3等海佐に昇進する頃でした。将来、危機管理のコンサルタントになるなど夢にも思っておらず、ただ、海上自衛官になっても組織論の勉強は続けていて、意思決定論を専門的に研究しようと考えていた時でした。
この時、私はそれまでぼんやりしていた「危機管理」というものの概念を自分の中で明確化できたのだと思います。
それまで「危機」を「管理」するという矛盾をどう考えるのかについて迷っていたのがスッキリしたということで、「腑に落ちる」と言う言葉の意味が「腑に落ちてきた」瞬間でした。
管理できないものをどう管理するか
禅問答のようなのですが、「危機」という「管理」できないものを「管理」しようとするときに必要な考え方は、「管理」できない「危機」を一つの「塊」として扱い、その「塊」を全体として「管理」するという考え方です。
私が半田ごてを握りしめて5級スーパーのラジオを作ったり、大出力の真空管メインアンプを作ったりしていた頃、私たちに必要だったのは回路図でした。
ところがその後、秋葉原でICが手に入るようになって、私の後輩たちがアンプなどを作っているところを見ていると、彼らは回路図ではなくブロックチャートを見ながら組み立てていました。ICの中がどうなっているのかを考えなくてよかったのです。
想定を超える、予測不能な事態に対処しようとするとこの発想がなければ考えを進めることができません。何が起こるかを予測してそれに対する対応策を準備するということでは危機管理はできないのです。
何が起きても毅然と対応できる態勢を作るためには個別具体的な準備ではなく、極めて抽象的な「危機」に立ち向かうための態勢作りでなければなりません。
そうでなければ、想定外の事態への対応ができないからです。
しかし、実際に生起する危機は抽象的な事態ではなく、具体的な事態です。抽象的な危機だけを考えていては対応はできないはずです。
個別具体的な事態への対応はどうする?
クライシスマネジメントはリスクマネジメントと異なり、個別具体的な想定に基づいて準備するという発想から出発するものではありません。
対応すべき事態が、予測不能の事態だからです。
あらかじめ予測しているのであれば、それは危険性であり、危機ではありません。
そもそも危機には二種類の危機があります。
一つは回避することのできる危機です。コンプライアンス違反などはその典型です。
工場内で発生する事故などもほとんどは回避することが可能です。
一方、自分たちの努力ではどうにもならない危機があります。自然災害がその典型ですが、戦争やテロなども自分たちの力だけではどうにもなりません。
危機管理において重要なことは、まず危機に陥らないような態勢を作ることです。そして、自分では回避することのできない危機に際しては、速やかに対応を始め、危機を凌ぎつつ、反撃の機会を窺い、機を見て反撃に転じて危機の中に機会を見出していくことが必要です。
三本の柱によって危機を機会に
このために弊社では三本の柱を中心としたシステムで対応することをお薦めしています。
その第一は、的確な意思決定です。
第二に事態の生起に際しトップを中心に組織が一丸となって一糸乱れずに対応できるリーダーシップが必要です。
そして第三にプロトコールです。
危機管理におけるプロトコールの役割について言及している文献やコンサルタントを見たことが無いのですが、なぜこの重要な論点に触れずにいられるのかが不思議なくらい重要な位置を占めるのがこのプロトコールです。
なぜこの三項目が危機管理において重要な役割を果たすのか、次回以降で逐次解説してまいりますが、この三項目の機能を強化することによって、組織は回避できる危機を回避し、自分では回避できない自然災害などの危機に際しては危機を機会に変えていくことすらできるようになります。
冒頭で危機は管理できないと申し上げましたが、たしかに危機そのものは管理できません。管理できないから危機なのですから。
しかし、危機に襲われないようにすること、例え危機に襲われたとしてもその危機を機会に変えることができるのであれば、危機そのものを管理する必要はありません。
それが危機管理という矛盾に満ちたマネジメントなのです。
これまで危機管理という概念が理解されていないことを何度となく指摘してきましたが、危機管理というマネジメント行動の本質的な分かりにくさが正しい理解を妨げている一つの要因であることは間違いないかもしれません。
このコラムをお読みの方々だけでも、危機管理を正しく理解し、コロナ禍の次にくる危機に万全の態勢で臨んでいただければと願っています。