専門コラム「指揮官の決断」
第267回同調バイアスとバンドワゴン効果
つい周りの人と同じことをしていませんか?
周囲に人がいる場合に、無意識に多くの人々がどう行動するのかを参考にして同じ行動を取ってしまうことがあります。
例えば、同じような料理を出している店がたくさんあるのに、わざわざ混んでいる店や行列ができる店に行ってしまったりすることがあるのではないでしょうか。
私たちがこのような行動を取るのにはいくつかの理由がありますが、一つは他の人の行動を一つの情報として利用しているのではないかと思われます。多分、誰も入っていない店は美味しくないのだろうという判断です。
もう一つは、他者の行動や考え方を規範として受け入れ、同じようにふるまってしまっている場合もあるはずです。職場で就業時間が過ぎて、自分は仕事を終わってしまい何もやることがないのに誰も帰らないので、仕方なく自分も残業を続けるということなどがあるかもしれません。これは皆がそのように考えると誰も退社せずに残業手当だけが増えていくという悪循環を生みだしたりします。
また、赤信号もみんなで渡ってしまうと違法意識が薄らいでしまいます。
これらの心理的効果は同調バイアスと呼ばれています。
危機管理上は重要な概念
危機管理の面から言及するなら、この同調バイアスに囚われることも無視することも危険です。
皆が空を見上げている時に一人だけ知らん顔をしていると、自分だけ落下物を避けられないかもしれないのですが、しかし、映画館で火災が発生した際など、皆が逃げようとする出口に殺到すると、パニックになった人々が将棋倒しになったりする恐れもありますし、そもそもそちらが正しい避難方向なのかどうかも分からないのです。
この同調バイアスのなかで、選挙における投票行動や消費者の購買行動に現れるものをバンドワゴン効果と呼びます。
世論調査が選挙結果にどう影響を与えるかとい議論において、よく語られるのがこのバンドワゴン効果です。
バンドワゴンとはパレードの先頭を走る楽隊を乗せたり、着飾った人気キャラクターなどを乗せてパレードを盛り上げるための車のことですが、この「バンドワゴンに乗る。」という言葉は「勝ち馬に乗る。」という意味で使われます。
様々の社会調査で、選挙前に「圧倒的に優勢」と伝えられた候補に多くの票が集まることが知られています。
重要ではあるがあやふやさは拭えず
筆者は社会心理学を専門としていないので、同調バイアスについては経験的にも納得できるのですが、バンドワゴン効果については疑問を持っています。
確かに米国大統領選挙などを見ていると、何かの勢いで雪雪崩のように情勢が変化していくことがありますが、バンドワゴン効果に言及している論文にはどうも素直にうなずけないものが多く、そこでの実証もどの程度信じていいのかどうか分からないという論文が少なくないからです。
たとえば、「周りと同じにはなりたくない。」という価値観を持つ人たちがいます。社会心理学ではスノッブ効果と呼ばれます。これはバンドワゴン効果と逆の結果を産みます。
しかし、社会心理学では、その双方の効果がどのような時に現れるのかの説明が弱いのです。
特にスノッブ効果については、「周りと同じにはなりたくない。」という心理現象により希少性の高い製品や高価な製品を持つことが欲せられると説明されるのですが、筆者に言わせれば、そのようなブランド品は皆が憧れるから欲しくなるバンドワゴン効果の現れと説明することも可能と考えるからです。
いずれにせよこれらの行動の陰には冷静で主体的な判断ではなく、心理的なバイアスが働いていると考えることは間違いではなさそうなのですが、やはりバンドワゴン効果が現れる条件というものがあるのではないかと考えています。
この度の総選挙を見てみましょうか
この度の衆議院議員選挙においては、開票前の票読みでは立憲民主党優勢が伝えられていました。
開票が始まった段階でもその勢いは変わりませんでした。
投票が締め切られた午後8時から開票速報が始まりましたが、午後9時の段階でも与党の過半数は予測されたものの立憲民主党の勢いで票読みを誤ったテレビ局が多く、NHKなどは立憲民主党が105~140議席獲得の見込みと伝えており、一方、自民党は与党で過半数には達するものの、自民党単独ではどうかという見方をしていました。
しかし一夜明けてみると自民党が単独で過半数を獲得し、逆に立憲民主党は惨敗という結果でした。
総選挙は久しぶりではありますが、これほど各局が票読みを誤ったことも珍しいのではないかと思います。
この結果を見ると投票日前にバンドワゴン効果が働いていなかったようです。
ということは、コロナ禍という異常事態において、社会心理もまた別の要素が大きく働いたのでしょう。
つまり、投票行動の場合にはバンドワゴン効果が現れる場合と現れない場合があるということです。
どのような効果やバイアスが働いたのか、社会心理学の研究者たちの研究成果が待ち望まれます。
危機管理上は要注意
学問的議論はともかくとして、危機管理の指揮を執る経営者は、これらの効果の出現に際しても毅然と対応しなければなりません。現在の社会心理学の研究段階では、その効果の現れる条件などはまだ解明されていないようですが、しかし、現実にそのような効果が現れ、情勢が雪崩のように変わっていってしまうことはよく起こることです。
情勢をよく観察し、その勢いが加速する可能性があることに備え、一方で反対の効果が現れる可能性も排除しないという備えが必要です。つまり、なにか事態に際して何らかのトレンドが観察される際には、その後の情勢の変化に柔軟に対応できる心構えが必要ということです。
柔軟な対応は常に必要なのですが、この場合は両極端な変化に備えなければならないので大変です。
変化への対応には大きく二つのカテゴリーがあります。
一つは多様性への対応です。
例えば、大規模な地震津波が生じた直後を考えます。
海岸線では津波に飲み込まれてしまった人々の捜索救助が必要になりますが、一方で地震による倒壊家屋での捜索救助も必要になります。火災への対応が必要になることもあるでしょう。原発への対応が必要になったこともあります。
つまり、同時に様々な事態に対応しなければならなくなります。
一方で変化の方向が逆になるという問題に対応しなければならないということもあります。
こちらは場合によっては正反対の準備が必要なこともありますので面倒です。
当コラムでは自民党総裁選における岸田首相の「危機管理の要諦は、最悪の状態を想定して備えること。」という危機管理に関する覚悟について、この総裁には危機管理はできないと断言していますが、それは変化への対応が上述のとおり、様々であったり正反対であったりということなのですから、そんなものを想定して備えるなどということが現実的ではないからです。
当コラムでは繰り返し主張しておりますが、想定して備えるのは危機管理ではありません。それはリスクマネジメントです。
リスクマネジメントはあらかじめリスク(危険性)を評価し、そのリスクを取るということを決断したら、そのリスクが現実化しないような対策、現実化しても被害を局限することができる対策などを講じていくマネジメントです。
一方危機管理は予測不能の事態への対応が課題です。想定して備えるのではありません。想定できなかった事態への対応が任務です。
しかし、想定できないとは言え、バンドワゴン効果が現れるかもしれないし、あるいはスノッブ効果が現れるかもしれないという社会心理学上の入門的な知見を持っているかいないかでは随分と心構えに差が出来ていきます。
危機管理に臨むためには、そのようなバックグランドを持っていることが役に立つことが多いので、このコラムでも様々なティップスとしてお伝えしてきましたし、これからも折に触れて紹介してまいります。
毎回少しずつですが、危機管理に挑む経営者の皆様のお役に立てば幸いです。