専門コラム「指揮官の決断」
第276回危機管理とは何をするマネジメントなのか その2
はじめに
前回、「危機管理とは何をするマネジメントなのか」というタイトルでコラムを綴りながらも、何が危機管理ではないのかという議論だけで終わってしまいましたので、今回はその議論をちょっと前に進めます。
前回はリスクマネジメントは危機管理ではないという話をいたしました。それは「リスク」とは「危険性」のことであり、「危機」とは性質が異なるからだと説明しています。
「危険性」というものは、ある程度覚悟してあえて取る場合もありますが、「危機」に関してはそのような配慮はしないのが普通です。なぜなら、危険性はすべて回避していると何も得るものがありませんが、危機はあえて取っても得るものがないからです。
リスクマネジメントとは
具体的に両者の違いについて説明します。
リスクマネジメントは、様々な意思決定を行う際に、そのリスクをあらかじめ評価し、そのリスクを取るかどうかを判断することから始まります。
一般にハイリスク・ハイリターン、ローリスク・ローリターンと言われますが、ハイリターンを求めてもあまりにリスクが高すぎると判断される場合にはそのリスクを取ることは見送られることが多いかと思います。
一方、ローリスクであってもリターンが小さすぎる場合にも見送りになるケースが多いでしょう。
このように、意思決定に際してそのリスクを見積もり、そのリスクを取るかどうかを判断することから始まるのがリスクマネジメントです。
目的のリターンが得られるリスクを評価して、そのリスクに耐えられると判断した場合には、そのリスクを取るという意思決定が行われることになります。
その次にリスクマネジメントが行う作業は、そのリスクが現実になることを防ぐための方策を講じることです。
例えば、権利書など貴重書類が火災で消失するのを防ぐために耐火金庫を準備するなどです。
一方で、そのリスクが現実になってしまった場合のダメージを局限することもリスクマネジメントの重要な任務です。
火災の例では、非常用の持ち出し袋を準備しておくこともそうですし、最終的には火災保険に入るという選択もあるかと思います。
この例では二通りの対策を示しました。
最初の非常用持ち出し袋を準備するというのは、とりあえず命を守り、その後しばらくの間なんとか耐えていくための現実的な準備です。
もう片方の火災保険に入るというのは、失われた損害を経済的に補おうとするものです。
それぞれが性格が異なる対応ですので、別々の検討が必要です。
持ち出し袋に何を入れるべきかは防災の専門家のアドバイスがあるといいかと思いますし、火災保険に入るには掛け金も高額ですから慎重な費用対効果の計算が必要となり、FPなどのアドバイスが有益かもしれません。
このように単純な火災でも様々な専門家の助言が必要になるのですから、政府や自治体、あるいは企業がリスクマネジメントを行うためにはいろいろな専門家が必要となります。
いろいろな専門家がそれぞれの専門的見地からリスクを評価し、必要な対応策を準備することが必要なのであり、一人で全ての局面のリスクを評価することはまず不可能です。
財務の専門家、法律の専門家、防災の専門家などがそれぞれの見地から適切にリスクを見積もることが必要なので、リスクマネジメントの専門家と単純に呼ぶわけにはいきません。リーガルリスク、ファイナンシャルリスクなど分野ごとの専門家はいますが、リスクマネジメント全般を見ることのできる専門家はいないはずです。
弊社がリスクマネジメントに言及しないのは、それぞれの専門性を重視しているからであり、危機管理の専門コンサルティングファームとして専門外の領域について言及することに慎重であるべきという弊社の原則を守っているからでもあります。
このようにリスクマネジメントとは意思決定に際してなくてはならない重要な役割を担っています。
リスクマネジメントの発想なしに意思決定を行うと、危険を顧みない無茶な決定が行わることになります。
逆に、適格なリスクマネジメントが行われていれば、競争の戦略において優位な地位に立つことができるようになります。競合が恐れて入っていけないようなマーケットにも入っていく機会を見出すことができるかもしれないからです。
リスクマネジメントの限界
リスクマネジメントが意思決定に際して不可欠なマネジメントであることをご理解いただけたかと存じます。
しかし、よく読んでいただければお分かりになりますが、リスクマネジメントには限界があります。
リスクマネジメントは意思決定に際しリスクを評価することから始めます。
そしてリスクを取るか取らないかを判断し、取るとなった場合には、そのリスクが現実になった場合の対応を検討します。
つまり、そこで評価していなかったリスクには対応策を持たないのです。
リスクマネジメントがあらゆるリスクを計算できれば危機に見舞われることはなくなるはずです。
ところが、「危機」は事前に評価が難しいのが特徴です。
2019年の年末に世界が2年にわたって感染症に苦しむなどと予測していた人は何人いたでしょうか。
蓋然性はなかったわけではありません。感染症は概ね10年に一度くらい新型のものが現れて流行することが知られています。しかし、具体的な危険性として評価されていたかというとそうではなかったようです。
これが「危機」です。
岸田首相に危機管理ができない理由
当コラムが岸田首相には危機管理はできないと批判しているのはここに理由があります。
岸田首相は自民党総裁選において「危機管理の要諦は最悪の事態を想定して、それに備えること。」と公言されていました。
彼は危機管理上の事態を想定して対応しようとしているのです。つまり、想定外の事態への対応という考え方を持っていないということです。
東日本大震災において、当時の政権は口を開けば「想定外の事態」と述べ、あたかも想定外の事態だから仕方がないという免罪符のごとく考えていたようですが、この政権も危機管理を理解していなかったということです。
リスクとクライシスを混同することは危険
リスクマネジメントは「危険性」に対応するものであって、「危機」への対応を課題とするものではありません。したがって、リスクマネジメントと危機管理の概念を混同すると極めて危険なのです。
リスクマネジメントにはリスクマネジメントのしっかりとした目的があり、リスクマネジメントをしっかりやっていれば危機に対応できると考えるのは誤りですが、しかしリスクマネジメントをしっかりとやっていないと、企業は利益を上げることができず、政府や自治体は思うような政策効果を上げることができません。
今回はリスクマネジメントについて解説をしてきました。リスクマネジメントは非常に重要なファンクションを担っており、意思決定に際してはなくてはならないものとなっています。ただ、あくまでもリスクの評価が前提であり、評価していなかったリスクへの対応は苦手であり、それが危機となって襲いかかってくることになります。