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専門コラム「指揮官の決断」

第310回 

疑似相関

カテゴリ:意思決定

メディアの誤報

当コラムではかつて、一昨年に共同通信が配信して各紙・各局が一斉に報道した、「東京大学の研究者チームが、ある陽性判定者のグループを調査したところ、GoToトラベルを使って旅行した人がそうでない人の2倍おり、新型コロナの感染とGoToトラベル事業の関係を統計学的に証明したという」という記事を誤報だと断じました。

この論文は、東京大学の研究者チームがエール大学の健康科学を扱う査読前の論文を掲載するサイトに発表したもので、GoToトラベル事業の5000万人泊の中の統計学的に有意なサンプル数の追跡調査を行ったわけでも何でもありませんし、執筆したグループ自身がそれを認識しているので相関関係とも因果関係とも書かずに、単に関連性とのみ書いてあります。

相関関係と因果関係を立証しなければ統計学的証明とは言いません。

つまり、共同通信の記者は英語が読めず、統計学の初歩的な知識もないために、この論文が何を意味しているのかを理解せずに配信し、新聞各紙・報道各局はファクトチェックも何もせずにそのままコピー&ペーストをしてしまったというお粗末な報道であったということです。

統計学的証明と言うためには

ここで重要なことは、二つの事象がしっかりとした関係を持つためには、「相関関係」と「因果関係」が必要だということです。

統計学の入門的講義を受けると、最初に教えられる事例があります。

米国で行われた調査ですが、「アイスクリームの売り上げが上がると、プールでの溺水事故件数が増える。」というものです。

確かに、売上高と事故件数の推移を示すグラフは同じカーブを描いています。

算数を理解しない日本のメディアなら、アイスクリームを食べてプールに入ることは危険だという報道をするかもしれません。その結果、プールサイドでのアイスクリームの販売が禁止されるかもしれません。

これは笑い事ではありません。実際に一昨年、当時の日本医師会中川会長は、共同通信の配信を真に受けて、「GoToトラベル事業と感染者数の関係は明らかである。」として、その中止を訴え、GoToトラベル事業は中断されてしまいました。統計学的な証明がなされていないにも関わらずです。

騙されてはいけない

仮にアイスクリームの売り上げとプールでの事故件数のグラフに相関関係が見出されたとしても、両者に因果関係を見出すことは困難でしょう。

何故なら、両者には直接の因果関係が無いからです。両者に影響を与えているのは「気温」だからです。したがって、両者に相関関係があるように見えるのですが、これは「疑似相関」と呼ばれます。

私たちが社会に生起している様々な事象を解釈する時、このような三つ目の変数が存在していないかを常に意識する必要があります。これらは、「潜伏変数」「交絡変数」などと呼ばれることがありますが、この変数に注意しなければ「アイスクリームの販売を中止しなければ危険だ!」ということになりかねません。

特にこの類の主張をする人々に特徴的なのは、そのような第三の変数の存在には全く目を向けることが出来ないのにもかかわらず、自分の主張をいかにも正しく見せる術にたけていることです。

「子供たちの命を守るために、アイスクリームの販売を中止すべきだ。」ということです。

一見正論に聞こえ、これに反対すると「あなたは子供たちの命がどうなってもいいとお考えか?」という論点のすり替えをしてきます。

この国の安全保障を巡る国会での論戦はこの類の論理の応酬に留まっており、本質的が議論が戦われることがありません。いつも「戦争か国民の命か」という議論であり、「我が国の独立と平和はどうする」という論点が抜けているのです。

第三のファクターに目を向けよ

この類の議論は他にも数多くなされています。

例えば、牛乳と癌の関係がそうです。米国やスイスのように牛乳の消費量の多い国では癌患者が他の国の何倍も多いというのが根拠です。

しかし、この議論が見落としているのは寿命の長さです。米国やスイスは比較的平均寿命が長いのですが、癌は中年以降にかかりやすい病気の一つです。

また、第二次世界大戦中に行われた研究では、シラミが健康にいい、というものがありました。

ある南洋の島で、健康な人にはシラミがたかっているが、病人にはめったにたかっていないというのだそうです。

この研究が見落としたのは「体温」でした。その島ではほとんどの島民にシラミがたかっているのですが、病気になって高熱を発すると居心地が悪くなってシラミが逃げ出してしまうのだそうです。

常備軍は廃止すべきなのか

軍隊を持っていると戦争に巻き込まれるから、平和を守るためには非武装であるべきだという主張は正しいのでしょうか。

このような主張をする人々が好んで持ち出してくるのがエマニュエル・カントの『永遠平和のために』という書物です。

カントはこの書物の中の第三条項において「常備軍の廃止」を主張しています。その主張の骨子は、常備軍の存在自体が他国に脅威を与え、無制限な軍備拡張競争を呼ぶ、その結果経済的に疲弊し、それが他国侵略の誘因となるというものです。

非武装を唱える人々はこのことを引用し、「カントがそう述べている。」ということを自分たちの主張の正しさの根拠としています。

しかし、なぜカントが主張したことに我が国の防衛政策が従わなければならないのかの説明はありませんし、そもそもカント自身がその著の中で、「国民が自発的に軍事的な教育訓練を実践して外敵に対する自衛手段を確保することは当然の権利である」としていることについては一切言及しません。多分、実際に『永遠平和のために』を呼んだことがないのでしょう。

さらに問題なのは、無制限な軍備拡張競争が経済的疲弊に繋がり、その結果他国侵略の誘因となるという「風が吹けば桶屋が儲かる」式の展開が正しいのかどうか検証がされていないことです。少なくとも、この論理では現在ウクライナで起きていることの説明ができません。

つまり、因果関係を明確にするということはとても難しい問題だということです。

正しい見極めが必要

私たちは様々な議論を行う際、原因と結果について正しく見極めることが必要です。相関関係と因果関係を正しく見極め、潜伏変数がないか注意し、安易な「統計によれば、」などという主張に騙されないことが大切です。