専門コラム「指揮官の決断」
第325回防衛予算GDP比2%へ その3
いよいよ財源論へ
巷を騒がせている防衛予算対GDP比2%への増額論争についての続々編です。
いよいよ当コラムの専門外の領域に突入します。
財源論です。
筆者は大学院で経済学研究科にいたことがありますが、組織専攻であり、経済学そのものを専攻したわけではなく、財政学に関しては学部レベルの講義しか受けていません。
つまり、ここで展開する財源論は素人の論議です。そのことを踏まえてお読みください。
無駄遣いを止めると4分の3は賄える?
岸田政権は2023年度からの5年間の防衛関連予算の総額を43兆円とすると決定しました。その間の増額分が17兆円程度になります。そのうち11.1兆円の財源として歳出改革や決算剰余金の活用をするものとしつつ、どうしても足りない6兆円を増税によることとしたそうです。
筆者の知る限り、財政法により決算剰余金の2分の1は国債の償還に充てることとされており、このところの毎年の平均的な剰余金が1.4兆であることから7000億円程度が流用できると計算しているようです。しかし、各年度の決算剰余金の額は安定的なものではなく、安定的な財源が必要だということのようです。
ここでまず筆者が驚愕したのは、財務省が決算剰余金を活用するとともに、歳出改革により11.1兆円を賄うと計算したことです。
上述のごとく、決算剰余金で賄うことのできる金額は平均的に7000億円程度です。5年間で3億5千万円程度、つまり約7兆円が歳出改革で支弁されるということです。
極端に言えば、無駄使いを止めると7兆円出てくるということです。
これに国民はまず怒るべきでしょう。
付言すれば、これまで補正予算の財源となってきたものを増額の原資とするということですから、今後の補正予算の規模が小さくなります。何か緊急の所要が生じ、予備費が不足すると、乾いたタオルを絞るような状況になるはずです
復興財源の取り扱いについての誤解
さすがに消費増税という選択肢は今のところ話題になっていません。来年の統一地方選挙をまともに戦うためにも、そんなことは口に出せないようです。
代わりに出てきたのが法人税、所得税、たばこ税の改革です。
このうち所得税について、報道が出鱈目なので多くの方が誤解されており、さらには野党議員も理解していないようなので、若干のコメントをしておきます。
東日本大震災による東北地方の被害を受けて、その復興のための財源として所得税に上乗せされた復興特別税を防衛予算に振り替えると報道されているところが間違いなのです。
この特別税は時限立法により成立した税で、所得税に対して2.1%を上乗せしているのですが、そのうち1%を減税し、その代わり時限立法の期間を倍に延長するということなので、厳密には防衛予算への振り替えではありません。
毎年の課税税率が約2分の1になり、期間が倍に延長されたので、総額はあまり変わりません。
ただ、同時に1%の防衛関係予算への負担税を付加するということなのであり、振替ではなく純然たる増額になります。
このことを理解しないメディア及び政治家は復興をないがしろにするものと憤っていますが、ことの本質を読めないのでしょう。
ただ、年間の負担総額が変わらないから許容されるであろうという政府の欺瞞体質には憤るべきかと考えます。
増税論
法人税については、これから賃金改革を行わなければならない企業に対して、いかにしてその増税額を認めさせるかが課題でしょう。
経団連など経済団体からは「致し方ない」というニュアンスのコメントが出ているようですが、大企業は防衛費増額により潤う企業も多いので、一概に困ってもいないのかもしれませんが、その恩恵を受けない企業は戸惑っているはずです。
法人税は為替相場や輸出の状況により簡単に2兆円程度を上下しますので、法人税の税率を上げるよりも消費税の税率を下げて消費を活発にすることにより法人の収益そのものの底上げを図った方が遥かに効果的なはずです。
たばこ税の増額については、発想が安直です。担税力のありそうな嗜好品に増税しているだけですからね。
ただ、喫煙者の方々はこれからはコソコソではなく堂々と煙草を吸えるようになるでしょう。何せ自分たちが煙草を吸うことがこの国の独立と平和を守ることに直結するのですから。
何故国債ではないのか?
かつて民主党政権が樹立され、この国は大混乱に陥れられたことがあります。この政権は様々な過ちを犯しましたが、その中でも最大の物は消費増税です。
公約に消費増税は行わないと掲げていたにも関わらず、東日本大震災の大被害を見て、3%から5%への増額を断行してしまいました。これは60%以上の増額であり、復興に向けて立て直さなければならないこの国の経済にとどめを刺そうとするものでしかありません。
そもそも、今回の対GDP比2%への防衛力強化という議論は岸田政権の発案ではありません。安倍元首相がその議論を興し、参議院選挙に際しては自民党の公約にすらなっていたはずです。
しかし安倍元首相は、防衛国債を発行して財源とすると述べていました。しかし彼が退任すると財務省はそれを覆して増税論に振り替えてしまいました。
岸田首相もあくまでも財源は増税によって賄おうとしています。その理由が、国債発行によるのではなく現在を生きる私たちが将来の世代に対する責任を果たすべきだからだそうです。
つまり、首相も国債発行は将来の世代に負担を残すものであると信じている一派の人間のようです。国債は孫の世代に借金を残すという根拠不明の都市伝説に踊らされているだけです。
この議論がどれだけ馬鹿げた理屈なのかについて言及し始めたら本を一冊書かなかければならなくなります。
弊社は財政論は専門外ですから、そのような著書を出版する予定はありませんが、興味のある方は現代貨幣理論(MMT)の基本的な解説書をお読みなることをお薦めします。ただし、現代貨幣理論によらずとも、経済原論で近代経済学を学ばれた方は理解されているはずです。
ケインズ先生だって増税せよとは言わない
残念ながら筆者の時代までは大学の経済原論はマルクス経済学で教えていた大学が80%でしたから、今頃になってMMTが新しい理論であると思っておられる方が多いのですが、実はケインズ先生だって同じことをおっしゃっていたんです。
この度の防衛力増強論を、この時期に増税で切り抜けるというのは、どう考えても将来的に継続的な防衛力整備を行う上で障害になることは明らかです。
増税で防衛予算増額分を支弁するとすれば、この国の経済成長はさらに遅れてしまい、その担税力も低下してしまいます。結果的に税率をアップしても、そもそも母数が縮小するので税収も小さくなってしまいます。
誰が得するPB黒字化?
冒頭に申し上げた通り、当コラムは経済学を専門とはしておりません。したがって、筆者は財務省の健全財政主義というのが全く理解できずにいます。
プライマリーバランスを黒にすることにより、利益を得るのは誰なのかが分からないのです。
しかも、国中が新型コロナで苦しんでいる一昨年ですら、麻生財務大臣(当時)は2025年にプライマリーバランスを黒字化するという目標は堅持すると述べていました。
いくら日銀が金融緩和を続けても、緊縮財政が期限付きで約束されてしまえば企業に投資を行えと言っても無理な話です。
国債を発行することにより孫の世代に借金を残すというのは池上彰氏をはじめとして多くの評論家やコメンテーターによって語られる話なのですが、この人たちは国債がどのように発行され、どのように引き取られ、どのように償還されるのか、そこに日銀がどのような役割りを果たすのかをまったく理解していないのでしょう。
同じ独自通貨をもっていても、韓国のようにドル建ての国債を発行しなければ買ってもらえない国は確かに国債発行により借金が残るかもしれません。しかし、日本が発行する国債は円建てなので、償還にあたり貯めこんだ外貨を使う必要がなく、独自に発行する貨幣で償還すればいいだけなので、いくらでもコントロールできます。
飢えている人の肥満を心配する必要があるのか?
そのような貨幣の発行を行うとハイパーインフレを引き起こすという学者や評論家がいますが、この人たちの頭は江戸時代から進歩していないようです。
確かに江戸時代には貨幣改鋳に際して金や銀の含有量を減らして幕府の財政を立て直そうとしてインフレを引き起こしたことがありました。しかし、ハイパーインフレと呼ばれるほどのインフレは生じていません。
まして管理通貨制度が定着している現在、何を根拠としてインフレが生ずると主張するのか理解できません。
これは餓死しそうな人にあんパンを食べさせようとすると「肥満になるから止めろ」と言っているのに等しい暴論です。
そもそも、財務省はプライマリーバランスが黒の国というのがどのような国なのか理解しているのでしょうか。UAEや昨年までのロシアなどは黒だったはずですが、これらの国は資源や大きな金融資産を持っています。
その他の国では、リビア、南スーダンなどがあげられるはずですが、財務省はそのような国にこの日本をしたいと考えているのでしょうか。
プリマリーバランスを黒にすることによる利益が何なのか、しっかりと説明して欲しいのですが、財務省にはその説明はありません。
プライマリーバランスの黒字化が「健全財政化」として扱われ、あたかも黒字ではないことが「不健全」であるかのような記述しかありません。
黒字化を目指して財政を圧縮し公共サービスを低下させるよりは、赤字であろうが企業の収益が拡大し、併給給与が高くなり、税収がアップして公共サービスが大きくなる方が遥かに健全であるように思うのは間違いなのでしょうか。
2%論の欺瞞
素人の頭で考えると、どう考えても増税ではなく国債発行で増額分を賄うべきです。
それを行うと野党から「戦時国債」だと批判されるのは明白ですが、有事対応を国債で賄うことは常識でしょう。この事態はまさしく「有事」であり、放置すればこの国の将来が無くなる事態なのですから。
5年間を国債で切り抜け、それまでにしっかりと経済を成長させ、安定財源を確保するという戦略が必要だと思料いたします。
それを増税で賄おうとすると、経済成長に歯止めがかかり、5年後には母数の縮小で必要な財源が賄えないかもしれません。
2%論の欺瞞はここにあります。
増税により経済成長が止まるとGDP自体も縮小するので、2%の総額も低くなるので、目標の達成に大きな支障がないということです。
しかし、防衛装備品や人にかかる経費は歩合ではありません。具体的な「金」が必要なのです。2%が達成されれば十分なのではなく、具体的な積み上げに基づく予算が必要なのです。
つまり、巷で交わされている対DGP比2%への増額論争というのは、そのような欺瞞に満ちた空虚な論争なのです。
追記
弊社に現代貨幣理論に関する著書を出版する予定はありませんが、来年は「図上演習」を分かりやすく解説したビジネス書を出版する予定です。(学術書ではありません。身近なビジネスの事例を盛り込んだ分かりやい解説書です。)
図上演習の教科書が無い現在、図上演習の利用法、実施法などを専門的知識がなくとも、実業に就いている方々がすぐに応用できるように解説するつもりでいます。
ご期待ください。