TEL:03-6869-4425

東京都港区虎ノ門1-1-21 新虎ノ門実業会館5F

専門コラム「指揮官の決断」

第334回 

危機管理とは   その3

カテゴリ:危機管理論入門

危機管理論入門1-1-3

危機管理とリスクマネジメント

危機管理とは何をするマネジメントなのかという議論を続けています。

これまでに、リスクマネジメントとの違いについて説明してきました。

意思決定を行う際に、その決定に伴う危険性を評価し、その危険性を許容するかどうかを決定する、許容できない場合には撤退を決断し、許容する場合には、その危険性が現実となった場合にどうするかという対策を検討する、というのがリスクマネジメントの基本です。

一方の危機管理は、事前に評価できなかった事態に遭遇した場合にいかに対処するかということが課題となります。

つまり、想定外の事態への対応が危機管理の基本です。

こう説明するとリスクマネジメントは危機管理ではないということが歴然とするかと考えます。

リスクマネジメントはプロの仕事

リスクマネジメントにとって重要なのは、事前に危険性を正しく評価するということです。

危険性(リスク)はいろいろなところに潜んでいます。

法的なリスク、財政上のリスク、技術的なリスク、営業上のリスクなど数え上げればきりがありません。

それらを一人の専門家が網羅することはできません。したがって、各部門ごとにそのリスクを評価できる専門家が必要になります。

企業がリスクマネジメントをある部門の専門分野と位置付けるのはそのためです。リスクマネジメント部門には様々な専門家が集められ、それぞれの視覚から危険性を評価し、部門としての総合的な評価を下す必要があるのです。

危機管理は経営者の責任

一方の危機管理(クライシスマネジメント)はどうでしょうか。

想定外の事態に対応するというマネジメントですから、どのような専門家が必要なのか決めるのが大変です。

想定外ですから、何が起きるか分かりません。このような事態に対して、あらゆる専門家を取りそろえておくことには意味がありません。それはリスクマネジメントの発想だからです。起こりうる事態を想定し、それらの専門家を待機させておくという発想自体がリスクマネジメントだからです。

危機管理上の事態、つまり想定外の事態が生起した場合、組織に必要なのは、まずその当初において押し潰されてしまわずに耐えることです。

そして、被害を局限して事態処理に当たり態勢を立て直します。そのうえで、激変する環境の中に機会を見出して反撃に転じていくことが重要です。

つまり、危機の中に機会を見出して組織を躍進させることが危機管理=クライシスマネジメントの本質です。

ここでビジネスマンの皆様はお気づきになっているかと拝察します。

これは経営者に課されたミッションです。

危機的な状況に遭遇して狼狽える組織を取りまとめ、メンバーの動揺を抑え、組織が一丸となって対応する態勢を早急に確立する、そして、自らを取り巻く情勢を分析し、それを経営環境の変化と捉え、損害を局限するだけでなく組織を飛躍させる機会を見出していく、それは経営者の責任であり、経営者だけがなしうる仕事です。

先に、リスクマネジメントは各種専門家のプロの仕事と述べました。リスクマネジメントはそれら専門家の部門を作り、その部門に権限と責任を委譲してもいいでしょう。

しかし、危機管理は経営者の専管事項であり、この責任と権限は委譲してはなりません。

経営者が自ら権限を行使し、単独で責任を負う必要があります。

危機管理に臨む経営者の責任とは

組織においては、それぞれの部門に適切に権限と責任を委譲しておかなければなりません。いろいろな分野の専門家たちの能力を存分に発揮させるためには、権限と責任の範囲や限界が明確である必要があります。

経営者はオールラウンドに組織のすべての専門的機能を監督することはできません。組織が大きくなればそれは仕方のないことです。

経営者はスペシャリストであるよりはゼネラリストであることを期待されるのですが、それも仕方のないことでしょう。様々な専門的領域が組み合わさってできている組織において、その一部分だけの専門家では全体を見ていくことができないからです。

したがって、営業出身の社長は技術面については技術部長に任せなければならないかもしれません。逆に技術出身の社長は営業は担当専務に任せざるを得ないかもしれません。そうやって、足りないところを補いあって成り立つのが組織です。

したがって、様々な専門的知識・経験が必要とされるリスクマネジメントは専門部門を設立して、そこに任せることも必要になるかもしれません。

しかし、危機管理だけは誰かに任せるということをしてはなりません。それは経営者の専管事項であり、経営者が権限を一手に集中し、単独で責任を負うべきものです。

何故なら、危機管理における責任と権限は釣り合うことがないからです。

経営学や法律学では責任と権限は釣り合わせなければならないと教えられます。つまり、責任以上の権限は行使できず、行使した権限移譲の責任を追及されることもないということです。

しかし、この議論は危機管理には当てはまりません。

危機管理に臨む経営者には与えられた権限は限られていますが、しかし、その責任は無限大だからです。

企業が大きな危機を迎えて倒産してしまうと、その影響は従業員だけに留まりません。従業員の家族の生活設計、将来の夢などにも大きな影響を与えてしまいます。

職を失った父親の下で、子供たちは進学をあきらめなければならなくなるかもしれず、多くの人々の人生に影響を与えます。つまり、経営者の責任は無限大に大きいのです。

権限と責任は等しいというのは法律上の話であって、現実の話ではありません。もし、権限と責任は同じ重さであるべきであると考える方がいるとすれば、そのような方は経営者になる資質を持ち合わせないと自覚すべきです。

筆者は海上自衛隊に30年間在籍しました。年を経過するごとに階級が上がり、それなりの配置に就くようになると持っている権限も大きくなっていきます。

しかし、筆者は負っている責任が行使し得る権限に釣り合っていると感じたことは一度もありません。自分の判断の過ちが、部下隊員の生命を危うくするかもしれず、また、その判断ミスにより国家の命運が変わってしまうことだってないとは言えません。指揮官はその責任を一身に背負うのです。

その覚悟がない者は指揮官の任に就いてはならないのです。

繰り返します。

危機管理が経営者の専管事項であるがゆえに、経営者は自分の責任が無限大であることを銘記すべきです。

まとめ

筆者があらゆる機会を通じて危機管理(クライシスマネジメント)とリスクマネジメントは別物であると主張し続けている理由をご理解いただけたかと存じます。

リスクマネジメントは各分野の専門のプロが行うべき仕事です。一方のクライシスマネジメントはメンバーの人生そのものにまで責任を負うトップが自ら担当すべき職責です。

だからと言って、決してクライシスマネジメントの方がリスクマネジメントより大切だということではありません。

リスクマネジメントがしっかり行われていない組織には躍進を期待することができません。意思決定に伴う危険性を正確に評価し、その対策を行えない組織は永らく存続することができないからです。ただ、そのリスクがあまりにも多様であるがため、一人の担当者に担わせることができないのです。

一方のクライシスマネジメント(危機管理)は、責任と権限が一致していないので、メンバーに担わせることが不都合であり、トップが一身に背負わなければならないという性格を持っているということです。

この違いをご理解いただけるだけで、危機管理というものを8割がたご理解頂けたも同然であると考えています。