専門コラム「指揮官の決断」
第365回図上演習の薦め
突然ですが・・・
突然ですが、図上演習という言葉をお聞きになった方はいらっしゃいますでしょうか。
当コラムをお読みいただいている方には耳馴染みの言葉だと思いますが、意外にこの言葉を知らないという方は世間には珍しくありません。
これは、文字通り演習を図面の上で行うものです。
と言っても、何をどうやるのか全くご理解頂けないかと思います。
図上演習とは
図上演習は、軍隊や防災機関、医療など様々な分野で行われる実際の物理的な行動を伴わずに計画、意思決定、情報の配布などの対策を検討するものです。
たとえば、ある自治体で防災計画を立てるとします。
大地震が起きたらどうするかを検討する場合であれば、市役所の防災担当課、消防署、その市内にある警察署、自衛隊の駐屯地などから担当者に来てもらい、地震発生から津波の襲来、住民の避難、行方不明者の捜索、被災地の処置など起こりうる事態を想定して、そこでそれぞれの部署がどう動けばいいのかを検討します。
津波が襲来して沿岸部で被害が出たりすると、住民は避難しなければなりません。そこで避難所を開設することが必要であることが分かります。
警察や消防が捜索・救難を行っている時に、自衛隊に対して災害派遣が命ぜられると、どの地区をどこが担当するか、お互いの通信連絡をどうするかなど調整しなければならないことがたくさんあることが分かります。
捜索・救難作業を行っている際に、がれきの下から生存者を発見したら、救急車に乗せて病院に送ることが必要になりますが、その病院をどこにするか、また死者を発見した時にはどこに移送するかなどという調整事項も出てくるはずです。
他自治体から応援の警察や消防が駆けつけてきたら、それらの宿泊や食事をどうするかも考えなければならないでしょう。
それらは市役所の防災担当課の担当者が頭をひねっても、気が付かない論点かもしれません。
やはり関係者が一堂に会して、それぞれの立場からその知見を動員して考える方が漏れが少ないでしょう。
図上演習の効用
有名な例として、真珠湾の奇襲を計画していた帝国海軍が行った図上演習を挙げましょう。
作戦計画が概ねまとまってきた頃、航空母艦赤城の飛行甲板で、実際に攻撃を行う航空隊各隊の指揮官等も参加した図上演習が行われました。
当初、まず迎撃に上がってくる米軍の戦闘機を動けなくするために、航空基地の攻撃が最初に計画されていました。
しかし、停泊中の艦船を攻撃する艦攻隊(急降下爆撃を行う部隊)、雷撃隊(魚雷攻撃を行う部隊)の指揮官から心配の声が上がりました。
陸上の航空基地には燃料庫や弾薬庫があり、もしそこが攻撃されてしまうと、弾薬庫が爆発し、燃料庫が火災になり、当日の季節風を考えると、それらから発生する黒煙が真珠湾に流れ出し、停泊中の艦艇が見えなくなるおそれがあるというものでした。
検討の結果、そのおそれが大きいことが認められ、また、奇襲に成功していれば迎撃の戦闘機が離陸してくるのには時間がかかるであろうということから、陸上基地攻撃の順番の見直しが行われました。
このように作戦計画立案担当者がベストであると考えるものであっても、実際に担当する者から見ると不具合であることがあります。
そのようなことが発見できるのも、各担当者が参加する図上演習の特徴です。
歴史的には
軍隊では、古くからこの図上演習が行われていました。作戦計画を立案する際に用いられてきたのです。
中国では、紀元前5世紀から紀元前3世紀にかけての戦国時代に、それぞれの国は図上演習を通じて新たな戦術や戦略を編み出し、孫子兵法をはじめとする軍事文献がさらに発展し、後の時代にも影響を与えたと言われています。
日本では、明治時代の海軍軍人で、日露戦争時に連合艦隊の作戦参謀を務め、日本海海戦の作戦を作り上げた秋山真之が、大尉の頃に米国へ派遣され、米国海軍が行っていた図上演習に着目し、それを日本に持ち帰ったことから始まったと言われています。
帰国した秋山真之は海軍大学校の教官となり、この図上演習を用いて各指揮官の判断力を涵養する講義を行ったそうです。
この時に秋山真之の教えを受けた海軍大学校の学生たちが、日露戦争において連合艦隊の各艦隊司令部参謀として従軍しており、連合艦隊作戦参謀と息がぴったりと合っていたことも勝因の一つと言われています。
便利なツール
この例からも明らかなように、図上演習は作戦計画の立案だけでなく、立てた作戦計画を実施に移す者たちのその作戦への習熟や指揮官として判断を鍛えるためにも用いることが出来ます。
この図上演習は、軍隊の作戦計画や自治体の防災計画だけでなく、あらゆる計画立案に用いることが出来る便利なツールです。
弊社ではその図上演習の普及に力を入れており、的確な意思決定の最高のツールとして位置付けております。皆様、この図上演習を使いこなせるようになって頂き、様々に応用して頂きたいと思っています。
(写真は、熊本県で行われた防災の図上訓練)