専門コラム「指揮官の決断」
第446回アメリカ・ファーストは悪いことではない

アメリカ・ファーストとは
当コラムは繰り返し申し上げているとおり、危機管理の専門コラムです。
また、弊社の主張する危機管理の三本柱は、「意思決定」「リーダーシップ」そして「プロトコール」です。
当コラムはすでに400本を超えるコラムを発簡しておりますが、いずれも世の中に起こっている様々な事象を上記三点のいずれかの観点から述べてきました。
今回は、それらの論点の中で「意思決定」の観点からドナルド・トランプ米大統領のアメリカ・ファーストという考え方について述べていきます。
多くの方がこの言葉はドナルド・トランプ米国大統領が選挙キャンペーンで使った言葉だとお考えかもれません。しかし、アメリカ第一主義という言葉は1850年代に移民排斥の主張から始まり、第一次世界大戦以降、例えば、ウィルソン大統領などもこの言葉を使っています。
筆者がこのことを知っていたのは、たまたま連絡官として1等海尉のころに米国ペンシルバニア州に駐在しており、その時、アメリカの孤立主義について教えてくれた海兵隊の少佐が持ってきてくれた資料の中にウィルソン大統領のスピーチがあったからです。
決して、筆者が博識だということではありません。たまたま、歴史で修士号を取った海兵隊少佐とよく話をしていただけです。
トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」
この言葉をトランプ大統領が使っていることに私たちは注意しなければなりません。
トランプ大統領は経営者出身です。しかも不動産屋です。彼はアメリカが関わってきたこれまでの戦争を批判して、「何も具体的な利益を生んでこなかった。」と述べています。
私見によれば、この見解は過ちです。米国はこれまで関わった戦争において、世界から信頼され(第二次大戦、湾岸戦争など。)、あるいは世界から信頼を失ってきました(ベトナム戦争)。いずれにせよ、その圧倒的な軍事力の前に世界はひれ伏してきたのです。
筆者に言わせれば、これはこれで立派に「アメリカ・ファースト」です。
ところが肝心なのは、筆者の私見ではなく、トランプ大統領自身がどう考えているかです。
彼は米国の経済的な利益にならない戦争は否定するのです。
アメリカに対する信頼とか、国際的な地位とかの尺度ではなく、経済的な尺度での利益がない戦争には消極的であるということです。
この考え方を冷静に考えると、尖閣有事が単独で起きた場合に、日米安全保障条約の発動はないということです。尖閣を取り戻しても、何の経済的利益はないからです。
ただ、尖閣有事が単独で起きることはなく、台湾有事とセットで起こりますから、そうなると事情が変わる可能性がありますが、それは本稿の目的ではありませんので、安全保障の専門家や軍事専門家にお任せして、本稿は本来の危機管理の話に戻ります。
なぜ「アメリカ・ファースト」が正しいのか
さて、アメリカ・ファーストがなぜ正しいのか、ということですが、これは危機管理論の立場からではなく、意思決定の観点から正しいと申し上げているとご理解いただきたいと存じます。
意思決定の目的は、目的を達することであるとこのコラムではたびたび申し上げてきました。それゆえ、日本海軍が1945年12月8日に行った真珠湾奇襲作戦は失敗した作戦である、と主張してきましたし、その主張をしたがために幹部候補生学校では極左勢力扱いをされました。
筆者がなぜそのような主張をしたかというと、真珠湾奇襲が目的を達成しなかったからです。この奇襲の目的は、立案者の山本五十六自身が書き残していますが、「開戦劈頭に米海軍に痛撃を与え、米国民の戦意を喪失させること。」だったはずですが、結果的に”Remember Pearl Habor”と言って戦意を向上させたからです。
これは宣戦布告が攻撃前に手渡されずに攻撃後になったからだといって外務省の不手際とする論もありますが、米国民の感情はそのようなものではありません。西部劇を観ていれば分かりますが、先に抜いた方が悪いのです。
つまり、真珠湾奇襲というのは、もともと米国民の戦意を喪失させることができない作戦だったので、目的を達していないと主張したのです。その思いは今も変わっていませんし、論理的な反論に出会ったこともありません。
いずれにせよ、意思決定の目的は、目的を達することです。
トランプ大統領が、アメリカ・ファーストをその政策の主眼とするというのは、政治家として極めて正しい判断だと考えます。
なぜなら、目的が明確だからです。
一方で、目的が明確なので、その手段を評価しやすいため、その政策が米国に利するかどうかがすぐに分かってしまいます。
現在大きな問題となっている関税問題ですが、アメリカの利益を最大化するために彼が不平等と考える相手国には脅迫に近い利率を押し付け、交渉に持ち込み、お互いに落としどころを探しました。
これによって米国の経済が順調に発展していくと、筆者が考えているわけではありません。結局は国内経済を痛めつけ、米国経済は落ち込んでいくだろうと思いますが、しかし、少なくとも日本政府からは80兆円という前代未聞の投資(日本にとっては投資ではないようですが。)を引き出していますので、短期的には活気づくかもしれません。トランプ大統領にとっては長期のアメリカの利益は必要ありません。どうせ再選はないのですから、自分の時代の業績が上がればいいのでしょう。米国の経営者は皆そう考えます。
自分が経営を担当している期間だけの利益を上げ、その実績をもって他の企業の経営者に迎えられようとするからです。
しかし、彼の任期中に、この関税問題の評価は出てくるでしょう。
米国の新経済年度はまもなく始まりますが、来年の9月頃の統計を見れば、その関税政策の評価が歴然とするはずです。
しかし、いずれにせよ、その掲げた目標とその結果を明快に評価することができます。
中国も同様です。中国はチャイナ・ファーストとは言っていませんが、自国に不利な国際法は一切守らないし、その国益が絶対的な価値であることは明確です。
これも意思決定論の立場から見ると、目的の作り方としては、その明快さから大きく評価できます。
この論理を東京に適用すると、小池知事の掲げた「都民ファースト」とというスローガンも評価できるということになります。
たしかに、政策目標として「都民ファースト」を掲げたこと自体は評価できます。
そのうえで、具体的な政策を、この政策目的から評価すると、新築戸建の住宅に太陽光パネルの設置を義務付けたことは評価できません。なぜ評価しないかということは本稿とは別の問題ですからここでは言及しませんが、彼女の政策にはその一つ一つ具体的に評価できるメリットがあります。「都民」ファーストになっているかどうかです。
太陽光パネルの設置義務は「都民ファースト」の観点から言うといい政策ではありません。長期的には都民のためにならず、ある国や利権集団を利するだけだからです。台風などによる屋根の破損や解体時の処分費用など大きな問題が出てくるでしょう。そのような評価もしやすいのです。
日本における「ジャパン・ファースト」
ここまでの議論をまとめると、「アメリカ・ファースト」とという政策目的を米国の政治家が掲げることは意思決定論の観点からは望ましいと考えるということです。
問題なのは日本の政治家です。
筆者の知る限り、ジャパン・ファーストなり日本第一主義を明確に標榜した政治家は、参政党の神谷宗幣氏だけです。政治団体では日本第一党の桜井誠氏があるくらいです。
ちなみに自民党綱領には「日本らしい日本」という表現はあるものの、日本が一番大切という表現はありません。
日本の政治家の何が問題かというと、あたかも国益を第一に追求しているような顔をしつつ、そうではない奴が多いことです。
連中の本音は、自分ファースト、中国セカンド、党サード、ジャパン列外が多いように見えいます。
中国セカンドなのは、中国ににらまれると政治生命が危うくなるからでしょうし、党サードなのは、公認してもらえないと選挙で勝てないからです。つまり、セカンド、サードの理由も自分ファーストのためなのです。
この連中の掲げる政策が訳が分からない政策になっているのは、本音は自分ファーストなのに、国家のためなどというからです。典型は現在の憲政史上、稀にも見ない下品で卑怯なトップです。
この下品な生き物は「「地位に恋々とするものでは全くございません。しがみつくつもりも全くございません。我が党が国家国民のために誠心誠意、全力で立ち向かっていく。その姿を皆様とともに国民にお示しをしたいと思っております」と述べたのですが、これほど空虚なスピーチは歴史上ないでしょう。
彼が掲げた「楽しい日本」というスローガンはどう評価していいのかまったく不明です。
「嘗められてたまるか!」と一地方の住民の前では威勢のいいところを見せましたが、本人が政権にしがみつく理由として掲げた関税交渉に本人は一度も行かず、結果的に舐められっぱなしの結果となりました。尖閣をめぐる中国の態度も完全に我が国を嘗め切っています。
結局彼が首相として何を成し遂げたかったのか全く不明のままです。
その点、トランプ大統領の掲げた目的は明快で、その政策を評価しやすいものになっています。
トップがこのように明快な目的を掲げることは、組織にとって重要なことです。
こう述べると、必ず勘違いする人がいます。
筆者は、意思決定論の立場からは、明確な目的を掲げることが正しいと主張しているにすぎません。トランプ大統領の掲げた政策が正しいと評価しているものではありません。
このようにお伝えしても、なお、「こいつはトランプの狂信的な信者だ。」というコメントをされる方が必ず現れます。
この類の人たちと議論するのは疲れるのですが、ここは専門コラムですので、真摯な美論なら避けません。いつでも論戦に応じますので、当コラムの見解に疑義のある方はお申し出ください。
Facebookによくご意見を下さる方がいらっしゃいます。大変ありがたく拝読しています。
困るのは、文書をよく読みもせず(読んでも理解できないのかもしれませんが。)、一方的に見当違いなコメントをして、そのコメントが当を得ていないことを指摘してもそれに対応してくれない方です。そのようなご意見も弊社Facebookは削除せず、アカウントブロックもせずに対応しています。
積極的な議論をお願い申し上げます。
今回は、意思決定論の立場から、トップが明確な評価しやすい目標を掲げることは悪いことではないということを説明いたしました。
日本の政治家のように、本音にはない美辞麗句を並べ立てるよりも、「俺にとってはアメリカが最も大事だ。」と言い切る潔さは評価してもいいかと思っています。