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専門コラム「指揮官の決断」

第176回 

今、そこにある危機

カテゴリ:

新型コロナウィルスへの対応は?

新型コロナウィルスの問題が世界的には収束する気配をまったく見せていません。

今のところ、中国は防疫に失敗しましたが、我が国はかなりよくコントロールされているように見受けられます。

私は感染症問題の専門家ではありませんので、この問題が今後どうなっていくのかについてここで論及するつもりはありませんが、少なくとも危機管理の問題としてどう考えなければならないのかについてはそれなりに思っていることがないわけではありません。

その点については先に「初度全力、水際撃破」が戦いの原則であると申し上げました。(専門コラム「指揮官の決断」第174回 戦いの原則 初度全力、水際撃破  https://aegis-cms.co.jp/1872  ) 

少なくともWHOが当初、素人目にも不思議な対応をして失敗しているにも関わらず、我が国内部では感染者の拡大は観測されておらず、中国政府が対応を始める前に入国した大量の中国人旅行客からの感染が危惧される潜伏期間が過ぎるまでは何とも言えませんが、現時点で新たな国内の発症者はいませんし、発症した患者も軽症で、退院できた方もいます。

各方面での必死の努力が功を奏しているものと思われます。

申し上げている通り、私は感染症の専門家ではありませんので、いい加減なコメントをするつもりはありませんが、報道を見ていて気が付いた点についてちょっとした説明をさせて頂きます。皆様のこの問題に対する認識を深めるのに少しでもお役に立てば幸いです。

「今、そこにある」とはどういうこと?

昨年秋から、評論家の口からよく聞かれた言葉が今回の表題になっている「今、そこにある危機」という言葉です。

これはトム・クランシーの原作が映画化され、日本で封切られた際のタイトルでもありました。

かなり前に観た映画ですのでストーリーをよく覚えていませんが、たしか麻薬組織と戦う話だったように覚えています。

何故この言葉が頻繁に使われたのかといえば、昨年ホルムズ海峡においてイラン革命防衛隊によるものと思われる一般船舶に対する攻撃が行われ、米VSイランの対立が激化したことに端を発し、さらには米国によるイラン革命防衛隊の指導者の暗殺が行われ、イランがその報復攻撃を行うなどの情勢があったからです。

そこへ年が明けていきなり生じたのが新型コロナウィルスによる肺炎の問題で、また、「今、そこにある危機」という言葉を使うコメンテーターが現れてきました。

ただ、そのコメンテーターたちがこの言葉の意味を理解して使っているのかどうか、極めて疑わしく、私の相変わらずのマスコミ不信に拍車がかかっています。

「今、そこにある危機」という表現を何故使うのか?

「そこにある危機」と言われても私には何のことなのかピンときません。「そこに」というのがどこなのか? そこにある危機というのがどのような形をしているのかもどうも今一つなのです。そこに「ある」と言う以上、どこかに存在するのでしょうが、それがイメージできないのです。

この「今、そこにある危機」というのは” Clear and present danger “ の和訳です。

法学部出身の方はよくご存じですが、これは憲法論における表現の自由に対する侵害の違憲審査基準であり、法律用語としては「明白かつ現在の危機」と呼ばれています。

またこの用語は国際関係論や安全保障論、危機管理論の世界でも「明白かつ現在の危機」という日本語で使われています。正当防衛の要件の一つであり、自衛権発動の根拠ともなります。

映画が何故「今、そこにある危機」というタイトルにしたのかは分かりませんが、文芸・娯楽作品であることが考慮されたものと思われます。

この言葉が国際関係論で使用されるのは多くの場合、自衛権の主張の合理性の議論の場合なのですが、どうもコメンテータ―たちは単に危機管理上の事態であるという意味で使っているようです。

私は当コラムでいわゆる有識者たちが専門用語を本来の意味を知らずに使うことによって意味を変節させてしまっていることを指摘したことがありますが(専門コラム「指揮官の決断」第67回 「独断専行」の意味 https://aegis-cms.co.jp/1030 )、この正当防衛の要件でもある「明白かつ現在の危機」という言葉が「今、そこにある危機」に置き換えられ、さらには単なる危機管理上の事態を指す言葉として認識されていってしまうのではないかという危惧を持っています。

ちょっとした豆知識を

言葉の問題はともかくとして、この新型コロナウィルスの問題について、感染症の専門ではないという立場を意識しつつ、しかし、読者の皆様にちょっとでも現状理解のお役に立つチップスを提供したいと思います。

まず、クルーズ船ダイアモンド・プリンセスについてです。

現在この船上で起きている問題というのは人類が経験したことのない問題であり、世界中が注目しています。今日(2020年2月12日)現在、新たに65人の感染者が発見され、感染者総数は135人となりました。

この数字をどう評価するかということですが、3711名の乗員乗客のうちの135名ですから、感染率という観点から見るとそう大騒ぎする数字ではありません。

2200万人が発症し、21万人が入院し、1万2000名が死亡している米国のインフルエンザの方が数字的には深刻です。

まだ外国扱い

この船の感染症対策について問題なのは、検疫法を盾に上陸を拒否することはできるのですが、船内での対応が国の施策としてなかなか出来ない問題があるということです。

この船は三菱重工長崎造船所で建造されたものですが、建造中に火災を起こして有名になりました。

現在は英国船籍のようですが、運航は米国の企業が行っています。船長以下のスタッフも多くは外国人です。

そして、まだ検疫が終わった状態ではないので、船自体は外航船であり、船内は外国扱いになっていることです。

つまり、船内に日本国政府の支配が及ばないのです。これが内航船あるいは日本の船であれば日本国政府の支配が及ぶので、船内の衛生に関し自衛隊の災害派遣によってシーツの交換、消毒などの作業を行う等ができるのですが、現在それを行うには国際緊急援助の枠組みになってしまうという問題があります。

何故時々動くのだろう

また、この船は3日一度くらい動いています。

報道では生活用水を手に入れるためと言われていますが、多分、それは事実ではありません。

たしかに船は大量の水を必要としますので、航海中は海水を取りこんで真水を作る作業をしています。

その方法はいくつかありますが、効率が高いのは低圧のボイラーによって海水を沸騰させ、蒸気を採取してそれを水に戻すという方法です。

ただ、この手法の問題点は、燃料消費を抑えるために低圧で海水を蒸発させることです。

100度まで温度を上げるのではなく気圧を低くして70度前後で蒸発させるために殺菌力が弱いという問題があります。

つまり港内の汚れた海水を採取するのではなく、沿岸から離れた海域で海水を採取する必要があります。したがって、その海水を採取するために出港しているというのですが、私はそうではないと思っています。

この方法は低圧で海水を蒸発させるという方法を取っていますが、それでもやたらと高価な水を作る方法であり、そのために出港などしなくとも、港内にいる水船を呼んで補給してもらえばいいからです。

横浜は船乗りにはとても人気のある港で、その最大の理由がいい水が積めるからです。そのまま飲んでもいい水が積める港など世界にそういくつもあるものではありません。

もちろん、水は買うことになるのですが、ボイラーを熱して作る費用に比べれば数十分の一の費用で済みます。

この船が時々出航するのは、トイレの汚水の処理のためだろうと思います。

港内ではトイレの汚水を船外に排出することが禁じられていますので、汚水は船内で循環させています。

汚水タンクに分解処理をする薬品を入れてその水を繰り返し繰り返しトイレの洗浄に使うのですが、その汚水はだんだん黒くなり異臭を発生してきます。

その異臭はトイレから通路をとおって船内に広がっていきますので、その汚水を船外に排出してきれいな海水に入れ替える必要があります。

したがって、この船は海洋汚染防止法に従って沿岸を離れた大島の南東か房総半島の沖に出て汚水を排出し、海水をトイレの洗浄水として取りこんで帰ってきているはずです。

そろそろ人道上の問題になるかもしれない

この船の取り扱いは各国政府が注視しているはずです。

察するに我が国政府が一番恐れているのは、乗客に多いお年寄りが、船内環境の悪化を原因とするストレスなどで脳梗塞や心不全などを引き起こして亡くなることでしょう。

狭い船内に閉じ込めた非人道的な扱いにより死亡者が出たなどということになると大変ですし、もしそれが日本人以外の外国人であった場合などは外交的にも問題になるでしょう。

現在、船内に留め置かれている乗客たちは、船内で隔離されているわけではありません。部屋から出ないようにしていわゆる濃厚接触は互いにしないようにはされているものの、船内の空気は空調機を通じて循環していますから厳密に隔離されているとは言えません。

いつ解決するのか先の見えない状態で感染症の恐怖と戦っている乗客のメンタルにも限度があります。さらに1000名の乗組員も同様の恐怖と戦いながら、ろくに休むこともできないままの勤務を続けています。クルーズ船で乗客全員にルームサービスで食事を届けるなどということは想定されていないはずですので、相当な労力を割いているはずです。そう長く持ちこたえることはできないでしょう。

早急に対策を立てないと、次は人道上の問題となります。

検査への疑惑

何故、乗客全員の検査をしないのかという疑問をお持ちの方もいらっしゃると思います。

私はかつて自衛隊に在職中、感染症対策に災害派遣で出動したことがあります(例の口蹄疫の時です。)。その際に、我が国の感染症に対応する態勢について学んだのですが、全国にある検査機関は100に満たない施設しかありませんし、それらの機関は遊んでいるのではなく、常日頃からフル回転で鳥ウィルスやエボラ出血熱などの感染症が日本に入ってくるのを監視しており、新たにいきなり3000人もの検査をするということも難しいのだろうと思います。

つまり、これまで我が国はそのような対策を取ってきていなかったということなのです。

そのことを今問題視しても事態は解決しないのですが、それが現実なのだということは御認識頂いた方がいいかもしれません。

私たちの取るべき態度

このような場合、様々な流言飛語が飛び交います。

ちょっと人と違うことを言いたい人がやたら多いのです。

ある専門家の発言をしっかりと理解せず、いろいろな前提を付けて発言しているにもかかわらず、それらの前提を無視して結論だけを拡大解釈して自説であるかのようにネット上で発言したり、さらにはまったくのデマを平気で流したりする輩が大勢出てきます。

そういう態度は要注意です。

発言者が自分の名前で責任を持って発言している意見以外は聴かないことです。

誰が何の根拠に基づいて発言しているのかを常に確認してその発言に耳を貸すという態度が必要でしょう。

つまり、私がこのコラムで感染症について語ったりしていても、そんなのは無視してしまうことが重要で、他の人にその記事をシェアするなどというのはとんでもないことなのです。