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専門コラム「指揮官の決断」

第195回 

何故私たちは正しい情報を得られないのか

カテゴリ:

メディアがもたらす情報

私たちは世の中で起きていることを理解するためにメディアがもたらす情報に頼らざるを得ないのですが、どうも私たちは正しく世の中を理解できていないことが多いように思います。

当コラムでは過去数回にわたってそのメディアの問題に触れてきました。

ただ、単にメディアがある意図をもって印象操作を行ったり、あるいは登場する識者が基本的なことをご存じなかったりすることにより、その番組自体が妙な番組になっていることが多いのですが、しかし、一方で、メディア自体の理解力の欠如により正しい報道がなされていないことも多々あることも事実です。

例えば、この度のコロナウイルス騒動においても、そのような混乱が多々ありました。

この新型コロナウイルスのような場合、人類が初めて出会った相手ですから、いろいろな混乱が生ずるのは仕方ないことでしょう。

メディアに登場してきた専門家たちも、自分たちの知見をフルに生かして精一杯の解説をしていたはずです。

逆に当コラムでは、感染症は私たちの手に負えないと早々に判断して、自分たちのテリトリーからのみこの問題を語るという態度に徹していました。論評は避けるつもりでいましたが、メディアがあまりにもPCR検査について無謀な意見ばかりを報道するため、このままでは医療崩壊を免れないという危機感から4月の初めにPCR検査をむやみにやってはならないというコラムを掲載しましたが、これを例外として、コロナウイルスそのものについては触れてきませんでした。

しかし、専門家たちはそうはいきません。情勢の理解とそれをいかに素人に分かりやすく伝えるかに必死だったことでしょう。

一躍有名になった某大学の女性の教授も連日テレビに引っ張り出され、当コラムで指摘したような初歩的な過ちはあったかもしれませんが(専門コラム「指揮官の決断」第192回 言論という名の暴力 https://aegis-cms.co.jp/2007 )、分かりやすい解説にしようと一生懸命だったはずです。最近になって彼女が医師の資格も薬剤師の資格もないと言って批判する論調が出てきましたが、医師や薬剤師でなければ医療を語ってはならないというのなら、ほとんどの専門ジャーナリストたちは失業です。元軍人だった軍事ジャーナリストはいませんし、医師の資格をもった医療ジャーナリストも極めて少数です。元外交官だった外交ジャーナリストなど知りません。少なくとも彼女は大学の教員であり、人に難しい問題を易しく解説する仕事には慣れているはずです。

問題なのは番組作りをする者たちの理解力

問題はそういったことではなく、そもそものテレビ局で番組作りをしている人々の能力です。

これが目に余るほど低いので、私たちは情報を正しく得ることができていないのかもしれません。

厚労省がPCR検査について新たな考え方を示した際、加藤厚労省大臣がマスコミから相談の目安として示した「三七・五度以上の発熱が四日以上」の文言が削除されたことについて質問され、それが基準のように捉えられたとして、「われわれから見れば誤解」と述べことに対し、まるで国民や保健所の理解不足が原因かのような物言いだとして批判されました。

ところが、これはマスコミが勝手に誤解して報道を繰り返したことを指摘されて引っ込みがつかなくなったマスコミの苦し紛れの反論に過ぎません。

厚労省は最初から検査の基準として「三七・五度以上の発熱が四日以上」になったら検査するとは一言も言っていません。そうなったら帰国者外来などに相談するようにと呼びかけています。また、そうでなくとも強いだるさや息苦しさがある場合には相談するように呼び掛けています。つまり、そうなるまでは来るなというのではなく、そうなったら必ず相談してねと言ってきているのです。それをマスコミが「基準」として捉え、そのように報道し続けた結果、私たちが皆誤解してしまったのです。メディアの通達の読み間違いです。

厚労省もそれに気づいており、そうではないという通知を何回も出しています。

しかし、マスコミはPCR検査をむやみには行わないという政府の方針を批判するために、それを基準だとして、番組に顔を隠したどこかの開業医を登場させ、患者に「検査を受けましょうか。」と薦めてカメラの前で保健所に電話をし、何度かけても通じないという場面を演出し、そして収録後にやっと通じたが基準に達しないので検査はできないと断られたという番組作りをしていたのです。

つまり、マスコミは厚労省の通達を読み違えたのか、あるいは意図的に正しく報道しなかったのか分かりませんが、私たち一般の国民も厚労省がどのような通達を出しているのかろくに確認もせずメディアを鵜呑みにして何故PCR検査が受けられないのかと不満を漏らしていたのです。

接触率を理解できないメディア

さらに政府が新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づく緊急事態宣言を7都府県に宣言した際、最低7割、極力8割の接触を削減して欲しいと首相が会見で国民に要請しました。

これを受けたメディアが次に何をしたのか。

連日の繁華街や観光地での人出を計測し、緊急事態宣言発令前との数の比較を一斉に報道し始めたのです。しかも、人数を比べて7割達成しているとか、8割には達していないなどとコメントしていました。

私はこれらの報道を観ていて、これらの番組を作っている人たちの理解力の低さにただひたすらびっくりしていました。

人の数を直接比較して70%達成とか80%未達とかで騒いでいたのです。

テレビ局は政府が何を要請したのかまったく理解していません。

政府が要請したのは接触を7割、できれば8割削減して欲しいということです。

接触は人と人との間で生じます。つまり複数の人の間で生ずるのが接触です。

その接触率を80%低下させるために必要な外出制限数がどれくらいになるのか、テレビ局は理解できなかったのでしょう。これは大学の一般教養レベルの知識があれば理解できたはずです。

この問題は物理学の世界では衝突理論と呼ばれます。衝突率は密度の二乗に比例しますから、単位面積当たりの人数を半分にすれば接触率は四分の一になることになります。

これは研究室的環境における理論値なので、実際には密閉空間の非動体を対象とする密集度と開空間における動体を対象とした衝突率の双方を勘案した『キメラ理論』を用いなければなりません。この計算は一般教養のレベルを超えますし、私はこの専門家ではありませんのでいい加減な計算することは控えますが、一般教養レベルで直感的に言っても接触率80%の削減は60%くらいの外出者数の削減で実現できるはずです。

これは何も衝突理論など持ち出さずとも直感的にも理解できます。一人の人と別の一人の人との接触が原因で感染が起こるのであれば、二人の外出を制限せずともどちらか一人が自宅から出なければいいというのは誰にでも理解できるでしょう。つまり、社会に人が二人しかいないと仮定して、その50%である一人の外出を制限すると、接触率の削減は50%にはならず100%の削減となってしまうということです。

そんな簡単なことをメディアは理解せず、人数比で70%だの80%だのと騒いでいたのです。

政府も逆ならそうではないと新たな要請をしたはずですが、人数で70%や80%という報道がなされるのは、接触率削減の観点からは望ましいので黙っていたのでしょう。

しかしメディアの無能さはしっかりと露呈しています。

つまり、メディアは政府が70~80%の接触を削減して欲しいと要請しているのに理解できず、人出を70~80%減らすことだと勘違いしたのです。

情報を正しく理解できない者にはどのような情報を与えても正しく判断はできないのです。

他県への移動も緩和された昨今では、連日の感染が判明した人数を棒グラフにした報道が続いています。トレンドを見るのであれば単なる棒グラフではなく移動平均のグラフを用いるべきなのですが、そのような発想はテレビ局にはしょせん無理なのでしょう。

当初彼らが希望者にはPCR検査をすべきであるという論陣を張っていたのは、その検査の精度が70%という数字を誤解したからです。10人中7人は正確に判定できると早とちりしたのです。国会で質問に立った野党議員もその程度です。

実際にはむやみに行うと1111人に一人しか正しく陽性の人を陽性と判定できないことは計算のプロセスとともにご説明しました。(専門コラム「指揮官の決断」第184回 論理性の問題  https://aegis-cms.co.jp/1947 )

問題の本質を誤らないためには

弊社のコンサルティングにおいては、意思決定・リーダーシップ・プロトコールを三本の柱としてコンサルティングを行っています。

その一本の重要な柱である意思決定において、過ちのない意思決定を行うための方策を指導させていただいていますが、そこでまず最初に私たちが要求するのは、自らの使命を分析することです。

したがって、弊社のコンサルティングを受けられた方は、常に自分が何をしなければならないのかという問題の本質に遡って考えるという習慣が身についています。

つまり、接触率を80%削減せよと言われた場合、80%とは何なのかを考えるのです。

物理学の衝突理論などご存じなくとも、接触率を削減するということがどういうことなのかを考えれば、先ほど述べた小学生でもわかる結論に達するでしょう。

それでは外出制限をどの程度にすればいいのかは単純に80%ではないことに気が付くはずです。

二人しかいない社会であれば、外出制限を50%にすれば接触率は100%削減できることが分かります。三人の社会だとちょっと複雑です。

そのようにして考えていけば、何を検討しなければならないのかが見えてきます。それが見えてきたら、自分たちでは計算できなければ外注すればいいということにもなるでしょうし、今ならネット上に計算方法を教えてくれるサイトだってあるはずです。

それを何も考えないと、要請されているのが接触率なのに、人出の数などで騒ぐことになります。

当コラムではメディアの質の低下については度々指摘していますが、その程度のことにも考えが至らないのが現在のメディアの実態です。

しかし、経営者はそうであってはなりません。経営者の判断には従業員とその家族の将来や夢がかかっています。いい加減な根拠で判断してはなりません。

面倒な物理の理論など知らなくていいのです。ただ、事の本質は何だろうと立ち止まって考えることにより致命的な過ちを回避できます。

それすらできない現代のメディアのような醜態を責任ある経営者は演じてはなりません。