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専門コラム「指揮官の決断」

第240回 

王様はハダカだと言う勇気

カテゴリ:危機管理

コロナは風邪だ・・・

コロナ禍は要は風邪だと主張する専門家は数多くいます。私もどのようなデータを見てもちょっときつい風邪、または新型インフルエンザ程度の感染病以上には見えません。

しかしこのような議論を不安を煽って視聴率を稼ぎたいテレビはあらゆる専門家を動員して封殺しています。

曰く、日本の致死率は東南アジアで断トツに高いとか、致死率は3%を超えており、インフルエンザの30倍近い致死率となっているとかの議論でした。

今年2月上旬、死者が6000人となったときにも同様の議論をテレビで観ることがありました。専門家が指摘するのは、致死率は下がったというものの、依然として1.5%であり、これを風邪と同様に扱うなどとんでもないということでした。

私はこの致死率を昨年から疑っていました。当初、新型コロナウイルスによる感染症の致死率は3%程度と言われていましたが、致死率が3%にもなる疫病が1年も流行れば、我々の年齢では知人にコロナで亡くなった人が現れても不思議はないのです。ところが、陽性になった人どころか、私の周りにはPCR検査を受けた者が一人しかいませんし、結果は陰性でした。

各国の超過死亡を見ても、欧米は軒並み2019年に比べて2020年は10万人単位で増えているにも関わらず、日本は2020年は前年よりも1万人近く減少しているのです。

緊急事態を宣言しなければならないような疫病が流行っているのに死者が減っているというのはどう考えても納得できません。特に若年層は自殺が増えたのに高齢者の死亡が減少しています。これはインフルエンザが流行しなかったために肺炎になる高齢者が激減したためです。つまり、2020年は新型コロナウイルスが蔓延したために高齢者は長生きできたのです。

高い致死率のワナ

テレビで専門家たちが高い致死率を問題にしているのが何故なのかを私は理解できずにいました。

我ながら迂闊だったと気付いたのは2月上旬の議論を聞いた時でした。テレビに登場していた専門家は、6000人の死者と40万人の陽性判定者をデータとして致死率を計算して1.5%とはじき出していたのです。

この計算は誤りです。そもそも確率計算をどう行うかと言う基本的なことを理解していません。

40万人を母数とするなら、その陽性判定者の中で何人が亡くなったかをカウントして分子としなければなりません。逆に、6000人の死亡者を分子とするなら、日本全体の陽性者を推計して分母とする必要があります。まさか専門家がそんな幼稚な間違いをしているとは思いもよらないことでした。テレビに出てくる専門家と言うのはその程度です。

6000人の死亡者の中で、亡くなる前にPCR検査を受けていた人が何人なのかは今になってはもう分かりません。しかし、6000人という絶対数は動きませんから、母数を全国の陽性者にすればいいということになります。

問題は日本全体の陽性者をどう推計するかということです。

この頃、世田谷区で介護職員5000人を対象に一斉にPCR検査が行われました。その結果、50人が無症状ながら陽性判定を受けました。つまり陽性率1%です。

これを母集団と考えるなら、日本全体では130万人程度が陽性となっていると考えることができます。これで当たらずといえども遠からない計算が出来そうです。

ここから計算すると、致死率は6000/1300000となり、0.5%となります。

介護職員は特別に感染に対する意識が強い人たちでしょうから、無作為に検査するとすれば陽性率は3%程度になるかもしれません。その場合、日本全国の陽性者の推計は390万人となります。この場合の致死率は0.15%になります。

つまり、やはりちょっと質の悪い風邪かインフルエンザ並みということです。

テレビ局やその専門家が意図的に国民を騙すために現実の陽性判定者数を使ったのか、あるいはそもそも割合をどう計算するのかを理解していないのか知りませんが、とにかくすさまじく水増しされた数字であったことは間違いありません。

重篤者数のワナ

前回日本医師会の中川会長が医療崩壊を叫んでいるのは単に責任逃れだと断じましたが、これには根拠があります。

2月上旬の6000人の死者のうち、病院で亡くなったのは1000人に満たないということです。6000人の平均年齢が79歳で、多くの方が介護施設などで亡くなられています。つまり、寝たきりの生活が続き、そのまま看取られた方がほとんどであり、コロナにより肺炎を起こして緊急搬送されてICUで亡くなったという方はわずかなのです。

証拠となる数字もあります。日本には2000台を超えるECMOがありますが、2月上旬に使用されていたECMOは100台以下でした。

テレビでは陰圧にされた重症化患者専用の病室が埋まっていて、そこに勤務する医師や看護師が駆けずり回っているシーンが繰り返し放映されますが、そのような闘いを連日行って疲弊している病院は本当にわずかであり、そこに極端な圧力がかかっているのですが、それは知事や医師会のマネジメントがまったくなされていない証左です。

ところがそのようなシーンだけが繰り返されると、医療の現状がそうなっているのだと私たちは思い込みます。それをエコーチェンバー効果と言います。繰り返されると信じてしまうのです。

実際には、そのような病院は全体の3%程度であり、その他の病院は風評被害を恐れて傍観しているに過ぎません。ICUを備えながらコロナ患者を受け入れていない病院はたくさんあります。医師会長の言い訳は、病院はコロナ患者だけを治療しなければならないのではなく、その他の病気で重篤化する患者の治療も行わなければならないというものですが、これが言い訳にもなっていないということは、昨年の日本の超過死亡が一昨年よりも1万人近く減少したことで証明されてしまいました。昨年1年間でコロナ死と認定された人数は3500人です。つまり、コロナ以外で亡くなった人は一昨年よりも1万3千人くらい少なかったのです。

医療崩壊を食い止める秘策

私はメディアとそこに登場する専門家たちの間抜けさ加減、医師会会長の無責任さにあきれてコロナ疲れをしているのですが、その結果作られた空気に政権は意思決定を狂わせているのが不思議です。

当コラムが数字だけで読み解いている現実を専門家会議の専門家たちが知らないはずはありません。厚労省も理解しているはずです。

しかし緊急事態宣言を三回も発出しています。二回やれば分かるはずなのですが、三回も繰り返すのは「馬鹿」としか言いようがありません。いわゆる第2波の時などは自粛などしなくても減少していきましたし、因果関係があるとは申しませんがGoToトラベル事業の利用者が増えるにつれて陽性判定者が減っていったのは事実です。

この国を医療崩壊から救う秘策が一つあります。

このコロナを2類から5類にすれば、その日のうちに医療のひっ迫は収まります。ちなみに、この新型コロナウイルスをエボラ出血熱に準ずる扱い、あるいはSARSやMERSと同じ扱いをしている国は世界でも日本だけです。エボラの致死率は80%ですし、SARSは11%、MERSは35%というとてつもなく高い致死率です。一方で新型コロナは先に見たように0.15%、高く見積もっても0.5%です。ほとんどの国では日本でいう5類扱いです。テレビも同様に扱うことの馬鹿馬鹿しさにいい加減気付けよと思います。

ポリコレが問題

これらをテレビに出てくる電波芸者のような専門家はともかくとして尾身会長以下の専門が理解していないはずはないのですが、彼らは政府の専門家会議です。政権が政策として取り上げられる策を立てねばなりません。

政権はこのウイルスは例年の風邪やインフルエンザとあまり変わりませんなどと言うことはできないのは自明の理です。首相は袋叩きに会うでしょう。

また、社会的免疫を獲得するためには国民の60%以上が陽性になる必要があり、そのためには若干の死者が出ることを許容しなければなりませんなどとも絶対に言えないのでしょう。私たち日本人は完璧を目指す傾向があります。多少の犠牲はやむを得ないなどと政権が述べたら大変なことになります。

だから、本来はウィズコロナを目指しているはずなのにゼロコロナを目指すポーズを取っているのでしょう。

自粛などしても効果はないなどといくら数学的に証明しても意味はありません。非常識だと葬り去られるだけなのです。例年の風邪のちょっときつい奴ですなどと専門家が言うとテレビに出してもらえません。政治家にとってはそんなことはタブーでしょう。

事実であるとか真実であるとかは問題ではありません。政治的に正しいかどうかが問題なのです。昨今流行りの「ポリコレ (Political Correctness)」が問題なのでしょう。

王様はハダカだと言う勇気

当コラムではアンナ・アーレントの『悪の陳腐さについての報告』を引用して、私たちが現状を無批判に受け入れていることが恐ろしい悪を生み出すことを指摘しています。(専門コラム「指揮官の決断」 第227回 悪の陳腐さについての報告の現代的意味 https://aegis-cms.co.jp/2270 ) しかし、今の日本は無批判に「コロナ怖い」説を受け入れ、あらゆる数字が指し示している事実から目を背け、致死率が高い怖いウイルスに立ち向かうには自粛が必要だと信じ込んでいます。

少しでも数字が読める人はテレビの垂れ流す「コロナ怖いウイルス」がこの問題の根源であることに気付いているはずですが、「王様はハダカだ!」と言う勇気がありません。

テレビに出てくる専門家たちは「王様は立派なお召し物をお持ちです。」と発言することによってテレビに出続けています。後世、彼らがこの国にどれほどの損害を与えたかが問われることになるでしょう。「王様はハダカだ。」と言うのは、その場で言わなければ意味がありません。「あの時、私は王様がハダカであることを知っていた。」と後になっていくら言っても意味はないのです。