専門コラム「指揮官の決断」
第383回勉強してからものを言え!
日常を奪われることの怖ろしさ
能登半島における地震・津波災害は、その被災者の方々の苦しい生活が伝えられるたびに、その悲惨さが身に染みてきます。太平洋側に住む筆者は、元旦の揺れは全く感じることなく、それ以降も連日、暖かく寝ることができ、また、連日風呂にも入れますし、水は蛇口をひねれば(今の蛇口はひねることはありませんが。)、いくらでも出てきますので、毎朝、起きると最初にやる仕事が珈琲を淹れることであるという日常に変わりありません。
能登半島の方々は、その何気ない日常生活を奪われてしまったのですから、その理不尽さにどういう思いをされているのか想像すらできません。
しかし、太平洋側に住む私たちにとっても能登半島の被災は他人事ではありません。東海・東南海・南海トラフに起因する地震・津波災害の危機は迫っておりますし、首都直下型地震の危険も迫っています。先日の東京湾北部を震源とする地震は、筆者の住む鎌倉でも震度3を記録しており、揺れを感じた筆者は、ついに来たかと思ったほどでした。
準備不足は否めない
東海・東南海・南海トラフに起因する地震については、当コラムで再三述べておりますが、発生発災確率自体は100%であり、向こう30年以内に起きる確率が70~80%と言われています。それが津波となって災害となるかどうかという点が問題ではありますが、統計学を少しでも学んだことのある方なら、この確率を見て、まだ10年や20年は大丈夫とは考えないはずです。
一方の能登半島に関しては、一昨年にはすでに確率の問題ですらなくなっており、「いつ起きても不思議はない。」という状況でした。
岸田首相は自民党総裁選において「危機管理の要諦は、最悪の事態を想定して、それに備えること。」というとんでもない勘違いをしているのですが、その想定すらしなかったらしく、避難所では多くの避難民の方々が筆舌に尽くしがたい苦労をされています。
たしかに、避難所は確保しているものの、地震の場合にはインフラが途絶するという想定がなされていなかったらしく、水道が使えずにトイレが使用できない、入浴支援もままならないという状況が起きています。これは衛生状態の悪化にもつながる事態であり、自治体及び国の準備不足が指摘されても仕方ないかと思われます。
国会での追及
そこを国会で追及したのが、立件民主党の杉尾秀哉参議院議員でした。
彼は、元TBS報道部の記者であり、被災地に自分で乗り込んで、現地を確認してきたそうです。そこで、阪神淡路大震災や東日本大震災の被害状況と比べ、国の対策が何も変わっていないと感じて、国会で岸田首相と木原防衛大臣を呼んで質問に立ったのです。
質疑を聞いていて思いました。さすがに元ジャーナリストです。
勉強不足もいいところですし、事実の解釈もできていません。論点も履き違っています。
筆者は、とにかく政治家とマスコミが嫌いで、嫌いなモノを3つ挙げよと言われるとこの二つが同率首位に輝くほど嫌いなのですが、この議員は一人でその二つを兼ね備えているという珍しい議員です。
最適解をまず示せ
まず、彼が首相に問いただしたのは、「明らかに自衛隊の出動が遅すぎる。人数も少なすぎる。被害を過小評価したのではないか。」という点です。
そう言いつつ、何人の隊員をいつ動かせばよかったのかという点には一切触れていません。彼自身が、その適正規模を知らないからです。
兵力の逐次投入がなぜやってはならない戦術の原則となっているのかは前々回指摘しました。(専門コラム「指揮官の決断」第381回 能登半島の地震・津波災害からいかに教訓を導き出すか https://aegis-cms.co.jp/3230 )
前々回のコラムをお読みいただいた方はご理解頂いていると考えますが、これはOperations Research の問題であり、単純な数学的な問題でしかありません。しかし、その単純な数学的問題を考えるにしても様々な条件を考慮しなければならないのですが、災害派遣の場に適用できる議論ではありません。あくまでも敵との交戦が予定されている戦場における議論です。
自分が最適規模を知らずに、遅すぎる、少なすぎると批判するのは簡単です。(熊本震災の時にみのもんた氏ツイートして炎上しました。)
自分が最適解を知らないのであれば、現政権の措置が適切でなかったのかどうか判断できないはずです。
日を追って派遣人数が増えていったことをもって、兵力の逐次投入というのであれば、それはあまりと言えばあまりの素人論議であり、ジャーナリストの得意技かもしれませんが、国民の負託を背負う国会議員としてはお粗末すぎます。
戦力投入の実態を知らずに議論するな
実際に行われた災害派遣は、1月1日に1000名、3日に約2000名、4日に5000名、7日には6000名です。
しかし、これを兵力の逐次投入と見るのは素人です。現地の地形などを考えると、これは兵力の段階的投入でしかありません。
数千人規模の隊員を投入するとどういう動きになるか、まず一般の方はご覧になったことがないはずです。東名高速で足柄や御殿場当りを走っていたり、そこから国道1号線に下りたりすると陸上自衛隊の車列を見かけることがあります。最近はサービスエリアで食事をしている戦闘服姿の隊員すら見かけます。
ここでたくさんいるなぁと皆様が思われたとしてもそれは多分中隊規模でしかありません。100人程度です。
市町村で防災訓練を自衛隊と一緒に行う際、出てくる自衛隊の兵力は基本的には1個中隊です。連隊の各中隊には担任する市町村が割り当てられているからです。
ただし、1個中隊が全部出てきて小学校のグランドなどに整列すると、大部隊のように見えます。数十台の車両が並びますし、普段戦闘服を見慣れない方々が見ると特に大勢に見えるようです。
連隊規模(1000人程度)の移動をご覧になった方は、軍用車両の車列が延々と続いたという印象をお持ちになるかと思います。凄まじい大部隊の移動だと感じるはずです。
道路ですれ違う時、いくら走っても車列が続いているような気がするものです。
2000名以上の部隊の移動をご覧になった経験のある方は、民間にはまずいらっしゃらないと思います。凄まじい数の車両が動きます。
筆者は、海上自衛隊を退官後、米国企業のCEOとして南カリフォルニアにいたことがあります。キャンプ・ペンデルトンという有名な海兵隊基地が近くにありました。
その近くを通るルート5で、時々海兵隊の部隊とすれ違うのですが、車列が終わるのに何時間もかかったような気がするのが常でした。冷静に考えると、海兵1個連隊(2000名程度)だったはずです。
初日に、それだけの車両と人員が能登半島に押し寄せたらどうなるか、津波の自然災害ではなく、人災が起こります。
能登半島の基幹道路は国道249号線ですが、大渋滞が発生します。ただでさえ渋滞を惹起しかねないのに、国道自体が寸断されているのですから、混乱は極みに達するでしょう。自衛隊車両で渋滞していて救急車が通れないなどという事態が生じかねないのです。
自衛隊は自己完結を要求されますので、食料、水、燃料などをすべて自前で運びながら行動します。
数千人分の食料を積み上げるのにどれだけの広さの土地が必要か想像できるでしょうか。そこに水と燃料が加わります。
この際、持って行かないのは実弾ですが、代わりに災害派遣用の資材を持っています。
そして、兵力を投入して捜索救難にあたる場所を特定し、実際に人員を投入し、それを支える物資・機材を背後に置き直していきます。
それらが整然と行われないと部隊は全力発揮ができません。
かつて、陸上自衛隊の幹部に、一個師団が北上を開始して数日後、事態が急変して南下しなければならなくなったとしたら、部隊の方向転換を終わるのにどれくらいの時間がかかるかを聞いたことがあります。
答えは1週間は必要ということでした。1個師団(1万名~1万5千名)を移動させる食料や燃料を事前に準備しなければならず、方向転換の場合には、それらを配置換えしなければならないので時間がかかるのだそうです。
海上自衛隊の場合は、ミサイル100発を積むイージス艦でも「面舵一杯」と令すれば、1分かからずに正反対を向きますが、陸上自衛隊はそうはいかないのです。
それらを理解したうえで、兵力の逐次投入であり、被害の過小評価であると政権を批判するのであれば、申し上げるのは、ただ一言、「対案を出せ。」です。
さすがジャーナリスト
ジャーナリストなどはそんな見識もなく、ただ言いっぱなしだけの仕事しかしませんが、政治家がそうであっては困るのです。そうでなければ、国会での議論がただの政権批判の議論にしかならず、建設的なものではなくなるからです。
野党が与党に教訓が生かされていないと批判するのであれば、野党も教訓になるような議論をすべきです。
多くの被災民を出している大規模自然災害を政争の具に使うなど、被災者を人質にとるような行為は厳に慎むべきと思料しますし、この時こそ、与野党併せて知恵を絞って被災者のための施策は何か、今後に教訓を残すとすれば何を残すかを考えるべきと考えます。
もっとも連中に絞る「知恵」があれば、ですが・・・・
志なき者には・・・
知恵などは、「志」さえあれば、いくらでも出てきます。
国会議員の多く、特に自民党議員の大半は大変立派な学歴をお持ちですが、肝心の「志」が欠如しているため、知恵も何もなく、傍から見ていると、とてつもなく頭の悪い集団にしか見えません。もったいないことです。
筆者は、人間の頭の良さとは、知力と志の掛け算だと思っています。
志が高ければ多少知力は低くても立派な仕事ができますが、いくら知力が高くても、志がゼロであれば頭の中身は空に見えます。
そもそも筆者レベルの者に、「もっと勉強してからモノを言え」などとバカ者呼ばわりされる政治家というのも情けない話ですよね。