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専門コラム「指揮官の決断」

第357回 

危機管理は「経費」や「費用」ではなく、「投資」なのです。

カテゴリ:危機管理論入門

危機管理の入門的議論に戻ります

しばらく危機管理の入門的議論から遠ざかっていましたので、ここで話を戻します。まずは前回の議論を思い起こして頂きたいと思います。(専門コラム「指揮官の決断」第349回 危機管理とは   その7 https://aegis-cms.co.jp/3022 )

前回は、リスクマネジメントと危機管理の概念の混乱は学問の世界にもあることを指摘しました。その原因は、リスクマネジメントの権威である亀井利明先生がリスクマネジメントと危機管理の違いを明確に認識されなかったことにあります。

亀井先生は、「どちらも危険克服の科学や政策で、そのルーツを異にするに過ぎない。強いて区別するならば、リスクマネジメントはリスク一般を対象とするのに対し、危機管理はリスク中の異常性の強い巨大災害、持続性の強い偶発事故、政治的・経済的あるいは社会的な難局などを対象とする。それゆえ、危機管理とは家計、企業あるいは行政(国家)が難局に直面した場合の決断、指揮、命令、実行の総体をいうが、とくにリスクマネジメントと異なるところはなく、その中の一部を校正しているにすぎない。」と断じられたのです。

そして、リスクマネジメントについてさえ、「リスクマネジメントという言葉が一般に知られるようになると、その内容の十分な展開なしに、言葉だけが一人歩きをし、リスクマネジメントが企業の発展ないし成長のための何か有難い特別のマネジメントやノウ・ハウのように思ってしまう人がいる。これはとんでもない誤解である。リスクマネジメントは決して企業成長や収益増大を志向した攻撃のマネジメントではなく、企業保全や現状維持のための企業防衛のマネジメントである。それは決して積極的に収益や利益の増大には機能しない。しかし、収益にチャージされる費用(とくに危険処理費用)の節約を通じて間接的に利益増大に機能する面は有している。」(『危機管理とリスクマネジメント』同文館出版 P8)と言い切られており、筆者に言わせれば、リスクマネジメントすらしっかりと理解されていなかったのかというところです。

筆者は大学の経済学部経営学科でマネジメント論を学びましたが、筆者の認識するところ、企業のあらゆるマネジメントは発展や成長のために行われるのであり、直接であろうが間接であろうが企業の発展や成長を目的としないマネジメントはありません。

リスクマネジメントは企業に利益をもたらす

リスクマネジメントは、意思決定に伴うリスクをあらかじめ評価し、そのリスクを取るか取らないかを決定し、取るとするならばリスクが現実化した場合の対応を準備するものです。

つまり、しっかりとしたリスクマネジメントが行われると、企業は競合が恐れて入り込めないマーケットに大胆に入り、市場を独占することすらできるようになります。

つまり、リスクマネジメントにより、収益が上がるのです。

クライシスマネジメントは事業を躍進させる

では、一方の危機管理(クライシスマネジメント)はどうでしょうか。

この入門的議論ではまだクライシスマネジメントについて詳しく述べておりませんが、誤らない論理的意思決定と、危機管理上の事態において社長を囲み一丸となって対応するチームワークを育てるリーダーシップ、そして社会から絶対の信頼を得るプロトコールの確立を柱として組織の体質を強化しておくことから始めるのが危機管理です。

危機には二種類の危機があります。

一つは組織が避けることのできる危機です。

スキャンダルなどはその典型です。法令順守はもちろんのこと、コンプライアンスに関するしっかりとした態勢が取られていればスキャンダルは生じません。

メーカーのリコールなどなども細心の注意を払っていれば避けられる危機でしょう。

事故なども同様です。

一方、単一の組織ではどうにもならない危機もあります。

天災、戦争、通貨危機、金融危機などです。

第一の危機に関しては、クライシスマネジメントをしっかりと実践していれば未然に防ぐことが出来ます。

第二の危機に関しては、避けることが出来ませんが、ここからがクライシスマネジメントの本領発揮です。

想定外の事態に、強化されていた体質をもって最初の一撃を耐えて踏みとどまり、態勢を立て直して反撃に出ます。

つまり、刻々変化していく状況を経営環境の変化と捉え直すのです。

まともな経営者なら、経営環境が激変したら、そこに機会を見出すことができるという可能性に気付くはずです。

つまり、危機管理(クライシスマネジメント)をしっかりやっていれば、つまらぬことでつまずくこともなく、組織が活性化され、コロナ禍や東日本大震災のような避けられない社会全体が襲われるような危機に際しては、その危機を経営環境の変化としてとらえ、事業を躍進させることすらできるかもしれないのです。

つまり、危機管理によって利益を拡大することが可能なのです。

危機を機会に変えるのは軍隊にとっては当然の発想

これは筆者のような元自衛官にとっては当たり前の発想です。

敵の奇襲を受けたら、その打撃に堪え、敵の攻撃を跳ね返し、返す刀で浮足立って撤退する敵を追撃し、これを殲滅してしまうというのは軍隊にとっては常識です。敗走する軍隊にとって重要なのは、追撃を如何にかわすかであり、最後尾を撤退する部隊の指揮官はよほど優秀でないと務まりません。一方で、敵を撃退したら追撃するのは攻められた側の指揮官にとっては当然考えるべき作戦です。

一般には危機管理は何となく「何か起きたときに対応するもの」と思われており、亀井教授のように積極的に利益に向かうマネジメントとは認識されません。つまり、企業にとって危機管理は「経費」と認識されています。

しかし、ここまで8回に渡る「危機管理とは」という議論をお読みになった方々は、リスクマネジメントと危機管理の違いを理解されているはずです。

そして、危機管理をしっかり行うと、想定外の事態に遭遇しても事業を飛躍させることが可能となるし、リスクマネジメントさえも、競合が恐れて入らない市場を独占することすらできるのであり、「経費」ではなく「投資」であることをお分かりいただいているはずです。

次回以降、この危機管理の入門的議論では、クライシスマネジメントをどうやって具体的に実践していくかという話題に入っていきます。